じーらぼ!言戯道場 (G-LABO Gengi-DOJO) 管理人:みやもと春九堂(しゅんきゅうどう)

【 2004年08月17日-11:53 のつぶやき】

友達の友達の話[春九堂の場合#5:最終話 第4章]


ざ。

ざざ。



ざっ――。



ぐしゃっ。


(ごりゅがしゃごみゅ)



「んっ」



どぅ………。



「待てッ!!ダウンダウン!!」


「おい、D!!大丈夫か!!」

「やばい、なんか白目ってる!!」

「Dちゃん?!言い残す事とかないか?!」

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!
(悶絶中)


「甘いなぁ、“タックルは前ミツを狙え”っていうだろ?こっちは狙っていくってわかってるんだから、しっかり切らないと……」


『それは相撲で、しかもマワシ着けてるわけじゃないから、前ミツなんかない上に、そもそも相撲にタックルはないし、急所狙っていったら反則です』

そんなツッコミが、その場にいた誰もの脳裏に過ぎったに違いない。だが、一人としてそれを口にするものはいなかった。


バンテージを巻いたアイシングバッグを玩びながら先のセリフを吐いた男。

(絶賛悶絶中)の股間にそのアイシングバッグを押しつけるというよりは“当て”にいった男。

しかもその押しつけ方に、端から見ても明らかに“特訓に取り込む真面目さ”以外のナニかを籠めた男。

そしてD(絶賛ロングラン悶絶中)を斜め下に見下ろしながら、邪悪としかいいようのない笑みを浮かべた男。


――つまりは、このとんでもないアホくさい特訓を考え出したH先輩

彼はDを見下しながら

「おいD。邪魔。氷溶ける前にどんどんやるから、お前奥いってジャンプしながら休んでろ」

とだけ言い放つと、次の獲物を指名した。


「M、お前次な。しっかり切らないとDみたいになりかねないからな。こっちはタックルにいくのはわかってるんだから、しっかり見て、しっかり切ること。いいな」

「は、はい…」

言ってることこそまともなように聞こえるが、実態はまったく違う。確信があった。



そして数分後。


がしゃ(ごりゅもちゃ)


どぅっ――。


「M〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」


第二の犠牲者が生まれた。Mの場合はさらに酷かった。Dは正面からアイシングバッグとペニィセット(玉2ヶ込み)が衝突したので、主にそのダメージはペニィ側に分散された。

しかしMは半端にバーピーでかわす形になってしまい、ノーガードの股間を下から突き上げるようにアイシングバッグをあてがわれ……否、叩きつけられたのだ。


女性にはわからないであろうから簡単に解説すると、ペニィセットのボール部分というのは危機を感じると体内にめり込むという性質がある。そしてそうなると肉体的・皮膚的な痛みではなく、吐き気を催すほどの苦痛になるのだ。

よく(?)女性が「ちんちんぱーんち!」と男子の股間を正面から狙うことがあるが、真に効果を求めるのであるならば、無防備な股間に真下からアッパー。これが最強である。

余談になってしまうが、某格闘技では金的蹴りのコツを「つま先から足の甲に睾丸を乗せるつもりで、つま先をスナップを効かせたムチの如く下から上へ蹴り上げ、すぐに蹴り足を引くこと」としている。

「潰す気で蹴る」というのは相当な力が必要であるので、深く蹴るよりも、この方がよっぽど簡単であり、なおかつ行動不能にする事が出来る(よく膝先を打ち込む急所蹴りがあるがアレは不適当)

ただし、間違っても身近な男性に実験してみたりしないようにしていただきたい(当たり前だけど通りすがりもダメ)


話が交錯してしまったが、とどのつまりが真下から狙われると余計にダメージがキツいということであり、なおかつ後輩Mは、その攻撃にさらされた――しかも半溶けのアイスキューブがたっぷり詰まった(使い方を間違っている)アイシングバッグ、つまり鈍器で――ということだ。

先ほどのDの悶絶っぷりが、ネタ4:ガチ6という割合であったならば、Mの悶絶っぷりはネタ1:ガチという、割合。ウイスキーならば、「水割り」という名のほぼストレートだ。

飲み慣れない者ならば、一口飲んだ瞬間にチェイサーを求めて挙動不審になってしまうところだろう。

SとDの手によって、道場の中央から隅に運ばれていくM。さながらそれは異界の神を見て恐怖に凍り付いたまま死を迎えた者かのようであった。


そしてH先輩の次なる生け贄が選ばれ――。

「次は俺がやろう」

否、名乗りを上げたバカがいた。

K先輩だ。

この惨状を生み出した災厄、それの元凶を一番最初に持ち込んだ男。


「おう、Kやるか」

「おうよ」

道場内でもレベルの違う二人が向き合う。一人は片手にアイシングバッグを持って、一人は無手で。

鈍器をもった方の男が云った。


「でもK、お前これじゃ練習にならんだろ。俺如きのタックルじゃあなあ」

「?…そうでもないんじゃないかな」

「いや、俺じゃ相手にならんよ。だから――」


「これで対等だ」



この時唯一無事で、この模様を目撃していたSは、後にこう述懐する。

『ええ、思いましたよ。「間違っている」って。「違う!それは違う!」って喉まで出かかっていました。口も空いていましたよ。でもそれは言葉をはき出す為じゃなくって…そう、呆れ果てて、です。

だってH先輩、アイシングバッグを固定しているバンテージ外して、控え室に引っ込んだと思ったら……両手にアイシングバッグもって出てきたんですよ』


そして、こう続けた。

ネタなのかバカなのか暑さで頭おかしくなってたのか――そのどれもが正解で、どれもが不正解なんだと思います。普通に考えたら両手にモノをもったまま組技の練習なんて出来ませんよ。グローブつけたままだって組技は上手くいかなくなるのに。

手にモノを持ったままって事は、手を握ったままってことですよ。組技っていうか組むことすら出来ないじゃないですか。素人でも考えればわかることですよ』



さらに続ける。

『でもね、H先輩は自信満々だったんですよ。それからキメキメで云ったんです「リベンジマッチだな」って。ええ、相当根に持ってたみたいですよ。なにしろH先輩のアレを冷凍ミカンにした張本人はKさんですからね。

それからH先輩は僕に
「じゃ、合図くれ。タックルから先はアリアリでいいな」って。あ、ちなみにアリアリってのは道場内の俗語で「関節・絞めアリ」っていう事です。

ええ。「はじめっ!」て号令かけました。見合っていたのは数秒でした。Hさんが結構速いタックルを仕掛けたんですよ。ええ。あっさり、でした。教科書通りに受け止めてバーピーて逃げて、サイドに廻りながら上から体重かけて、べっちゃり潰したんです』




バーピー(青)




つぶし(上)



そこで一息つくと、Sは手を組み直して語った。

『それから後も速かったです。完全にうつぶせに潰れたHさんの腕を上から押さえながらね。こう、腕を首の下に巻き込まれるようにされると起きあがれないんです。体重かけられてますしね。

そうしてHさんの動きを殺しておきながら背中の上でヒョイっと動いてポジションを入れ換えたんです。そう、ちょうど、こうやって……こうですね、右手の甲を左の掌で抑えたような姿勢です。指が足ですね。で、その時に気づいたんです。

いつのまにか、Hさんが持っていたアイシングバッグ、しかもよく膨らんでいましたから、さっきHさんが控え室に取りに行った、氷をいれたばっかりの方です。それを持っていたんです。Kさんが、こう、がっちりと




それから――。


Sは見た、Kがその普通の意味で『冷たい凶器』を振り上げるのを。


そして続いて聞こえた音は、すぐに呻き声と悲鳴にかきけされた。


それは無防備なバックから股間にアイシングバッグを叩きつけられた、その瞬間の衝撃による呻き声、継続する苦痛と冷たさによる、悲鳴


勿論、H先輩のものだった。




股間にバッグを叩きつけたK先輩(上)
さっきまで加害者だったH先輩(下)
※画像はイメージです※



確かにK先輩は、容赦のない人だった。

特にH先輩とのスパーリングなどでは時々見ている我々は「観ている」にかわりそうなほどハイレベルであったし、それだけ真剣であって、攻め手にも容赦がなかった。

だが、今回の、今、その時にSが目の前にしている光景は、あまりにも容赦が無さ過ぎた。


人間の急所は正中線上に存在する。頭頂部から始まり、鼻、口、顎、喉、心臓、鳩尾、丹田、そしてペニィとコブクロを経由し、最後に辿り着く急所――それが「*」。つまりアスホーなのだ。


かつて、レスリングの神様カール・ゴッチは、彼の弟子達にこう教えた。

「ボーイ、レスリングの裏技を教えてやろう。相手がセメントをしかけて来たら、我々レスラーは殴ったりせずに組み伏せるんだ。そうして相手がカメの様にまるくなったら、ケツの穴に指をぶちこんでやればいいんだ。どんな大男でも体勢を崩すさ。それから骨の一本も折ってやればいいんだ」

プロレスリングのショウマンシップを嫌い、真剣勝負での強さを追い求め、それゆえにマット界から冷遇された男、プロレスの神様。その神様ですら「指」止まりだった。

そんな急所に、K先輩は「氷の詰まった鈍器」叩きつけ、押し当て、押し込み、ついでにコブクロを冷凍ミカンにしたのだ。


K先輩は、本当に容赦のない人だった。


数分間、否、数十秒間の出来事だったろうか。H先輩が静かになったのが先だったのか、K先輩がアイシングバッグをH先輩の股間から外したのが先だったのか、道場には静けさが戻り、セミの声だけが遠くに聞こえていた。

全てが終わった。不毛な、実に不毛な、それでいて危険なだけの時間が。


――全てが、終わった――。


しかしそうではなかった。H先輩の押さえ込みを解いたK先輩は、立ち上がるとSに向かって言い放ったのだ。


「おいS、ぼっとしてないで準備。Hリタイヤだから、俺がやるよ。準備しろ」

と。


悪夢のような時間は、まだ雲雀の歌を聴かず、ただナイチンゲールが啼くばかりだった――。





<次回最終回>


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