|
■ SA・WA・YA・KA -2-
これは『SA・WA・YA・KA -1-』の続きです。 未読の方は、まず『-1-』をお読み下さい。 「かしこまりました」
「サワヤカにしてください」という僕の無茶な注文に対し、店長さんらしき男性はにっこりと微笑んで僕に云いました。さすがに店を構えているだけのことはあります。「よ!一国一城の主!やるね!」ってな感じです。
なんというか彼は、きっと百戦錬磨のカリスマ美容師(死語)とかなんでしょう。そうでなければ、プロレス団体の半袖半パンなジャージというアレ過ぎる出で立ちで自分の店に闖入してきた、こんなのが吐いた、あからさまな妄言に、ここまで穏やかに対応出来るわけがありません。
↑ こんなの。 ↑ ※画像はイメージです※
なにはともあれ、云うべき事を云い切り、それだけで満足してしまったフシのある僕。さあ一度髪を濯いでいよいよ髪切りデスマッチのゴング!…と覚悟完了しようとしていたのですが、なにやら店長(らしき人)は「少々お待ち下さい」と去って行ってしまいました。そして放置です。
――野郎逃げやがったな。今頃裏で猟友会に電話してるんだろう。ああそうかい、そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。殺れるだけ殺ってやんぞコラ、ごあーッッ!!
…と雄叫びをあげようかとしたときになって、ようやく店長が戻ってきました。なにやらその手にはファイルが握られています。そして僕の傍らに立つと、やおらそのファイルを広げて僕に示すではないですか。
「お客様の御希望の長さですと、バリエーションはこのような感じになりますが…」
なるほど、どうやら店長(らしき人)はヘアカタログを取りに行っていたんですね。
いやー疑って悪かったねー、どりどり…と広げられたページを見たのですが、そこにはこう…あからさまにSAWAYAKAという言葉からは縁遠い、喩えるならばアメリカをインドと思いこんだコロンブス並みの距離を感じられるような、バイオレンシブな髪型のおにーちゃん達がならんでいました。
説明が難しいのですが、ときどき都内で見かけるソフトモヒをもっとハードにしつつ刈り上げたり、後頭部の頭頂近辺だけ髪を逆立てて、サイド部分とかに縄文土器のような模様をバリカンで刻み込んでいたりするような、そんなのばっかりです。
おまけにどいつもこいつもカラーリングでバキバキに染めたり漂白されたりしちゃっています。「おいおい。これのどこがSAWAYAKAなんだよ」と、心の中でツッコミを入れつつ、おそるおそる僕は彼に告げました。
「えーとその…こういうハードにサワヤカなヤツじゃなくって、こう、普通の感じでいいんですが…」
と。すると店長(らしき人)は急に取り乱し出しまして
「あっ、そうなんですか?!これは失礼いたしました!!そうしましたらすぐに準備いたしますので!」
と、慌ててファイルを片づけると、再び去って行ってしまいました。なんで「サワヤカな感じに」といったら、あんなクエンティン・タランティーノかデビッド・リンチの映像作品に出てきそうなザコか中ボスっぽい髪型のヘアカタログを持ってくるのかわかりませんが、どうにかこちらの意思は伝わったようです。
それにしてもなんだったのでしょう。僕はただ「サワヤカな感じに」といっただけなのに。なんでしょう、デブがいう「サワヤカ」は美容室業界では何かの隠語にでもなっているのでしょうか。
さて、また姿を消した店長(らしき人)ですが、今度はすぐに戻ってくると髪を濯ぎ、ハサミとバリカンを駆使して僕の髪型をバシバシと変えはじめました。
そうして為すがままにされること数十分――。鏡の向こうには、入店時に比べて明らかに髪の毛の量が減った僕がいました(当たり前)。
「こんな感じでいかがでしょうか」
ちょっと自信なさそうに両面鏡を開いて鏡越しに後頭部も見せる店長(らしき人)。
しかし髪を切り終えた自分の姿を自分で見て「うん!イイネ!実にSAWAYAKAだ!!」とか言い出すヤツがこの世にいるのでしょうか。どんなヘアスタイルが僕にとってのサワヤカなのかわからないから、そういう風にしてくれっつってんのになぁと思いながら、僕は正直に応えました。
「いやーいかがって云われましても…えーとその…サワヤカに見えますかね?」
ある意味直球勝負です。しかも投げたボールは火のついた爆弾。
「えっ!?えーとそのー」
眺める角度を変えてみたりして確認する店長(らしき人)。時間にして数秒ではあったと思いますが、逡巡し、そして彼は云いました。
「おーい!ちょっと、みんな!」
――みんな?!
そう、何故か店長(らしき人)は店のスタッフを全員僕の背後に集合させたのです。そして云いました。
「どうかな?サワヤカだよね?」
「あーうん。サワヤカだと思いますよ」
「ばっちりじゃないですか?サワヤカですよ」
「あと口ひげキレイにして、アゴヒゲも整えればバッチリじゃないですか」
「うん、そうしたほうがサワヤカですよ」
口々に応えるスタッフさん達(3名)。
なんなんだこの羞恥プレイは。
あんまりな展開と急激な羞恥プレイに、すっかり硬直&放心してしまった僕でしたが、店長(らしき人)はどうやら自信をもったらしく
「じゃあヒゲ少し整えて、シャンプーしてセットしましょう!!」
と威勢良くいいました。一方の僕の心境としては「もうどうでもいいからはやくおうちにかえしてください」という感じだったことは云うまでもありません。
そして口ひげをカミソリの様な小型のバリカン(?)のようなもので刈り落とされ、アゴヒゲは9ミリのバリカンで刈り込まれました。
さらに有無をいわせずシャンプーを二回され、マッサージをされ、ドライヤーをかけるとワックスのようなモノを僕の頭に擦り込み、そして驚いたことに前の方の髪を捻りあわせて前髪をつくったりもしたのです。
そして最後に化粧水のようなもの?を顔中に擦り込まれ
「はい、おつかれさまでしたー」
と終了を宣言されました。
確かに鏡の向こうには「さわやか」と云えないこともない…というか、今まで見たことのない髪型をした僕がいたのですが、羞恥プレイに表情はびっくりしたときのまま固まっており、その眼は明らかに死んでいました。
なんかこう、「一刻も早く熱いシャワーを浴びて身体中をこすりながらすすり泣きたい」という、乱暴された女学生ライクな心境でノロノロと立ち上がり、会計を済ませるべくレジへと案内されたのですが、この店がそういうシステムなのかはわかりませんが、レジには再びスタッフが全員集合していました。
そして僕をジロジロと見て、口々に「あーすごくさわやかな感じですよー!」などと云うのです。もうこの場で舌咬みきって死んでやろうかとさえ思いました。
逃げ出すように店を出て、身も心も蹂躙され尽くした感じで、ようやく帰宅したのですが、笑いにでもしないとやってられないと、居間で本を読んでいた母上の前にポーズを付けて立ち、訊ねてみました。もちろんネタのつもりで。
「どうよ!サワヤカ?!」
すると母上は読んでいる本から顔を微動だにさせずに応えました。
「ああはいはい、サワヤカね。サワヤカ。はいはい」
「いやいや、見てないじゃん!ほら!見て!サワヤカ!(ポーズ)サワヤカでしょう?!(ターンしながら)」
「うるさいわねえ。デブがなにやっても、この時期暑苦しいだけなのよ。わかったから、さっさと部屋にいきなさい」
――その、身内ならではの直球なセリフに込められた言霊が、先ほどの美容室のスタッフさん達の「サワヤカですよお!」というセリフに込められていた言霊と、さほど変わりがないことに気づいた僕が、その後、クマ泣きに泣きながらシャワーを浴びたのは、いうまでもありません。
…び、美容室なんか大っきらいだあー!! (いや…どだい無理な注文だったってのはわかってたんだけどさ…)
|
その他の記事 |
人材募集
この記事の直前の記事です。
../2004/200409220649.html |
バキューム熊。
この記事の直後の記事です。
../2004/200409251059.html |
|
|
|