【 2004年12月12日-04:32 のつぶやき 】
■ 追跡者。
24時間365日バイクマン(バイクマン?)の僕も、さすがに雨の日の移動には電車やバスを使う。
特にバスが熱い。どう熱いかというと、僕の家の最寄りのバス停は気合を入れれば徒歩1分。ダッシュなら30秒で到着する距離にあるのだ。だからバスを利用するときの玄関先はいつだって戦場だ。
なにしろ僕は私用の場合、時間のスケジュールをたてるのが面倒くさくてイヤな人なのだ。きっと前世はメキシコ人とかそのあたりだったんだろうと思う。ビバ!ルチャビバ!
そういうわけで『前もって支度をしておいて』とか『余裕を持って』という概念が基本的に存在しない。
『1分で着くところなら、1分前に行けばいいじゃない』
パンより菓子を推奨して、全仏パン職人組合の手によってギロチンにかけられた、マリー・アントワネットよろしく(違う)、そんな事を云っては、いつも地獄を見ている。
というのも大体の場合、当然のこと間に合わずに、デブのクセに準備運動もなしにダッシュする羽目になるからだ。本当にこれは命取りになるから素人にはお勧めできない。
運良くバスに乗り込めたところで、息を荒げたデブが乗り込んできたときの他の乗客の視線も痛いが、リアルに心臓に痛みを感じたりするから実に油断が出来ないのだ。リアルに地獄を見ている。
往路は大体こんな調子だが、帰路はそんなことはしない。何しろ駅は始発バス停。先行されてしまうことがあっても、バスに乗らなければ帰れないので、ひたすらじっと待たなければならないからだ。となると別段急ぐ必要もない。
ところが先日の事、終バスに連絡する最後の電車に乗り込み、僕は迂闊にも眠ってしまった。その電車は最寄り駅が終点だったので、寝過ごす心配もなく安心しきっていたのだ。だがそれが甘かった。
到着予定時刻は終バス出発時刻の10分前。少々駅から離れたところにあるバス停ではあるが、普通に歩いていっても十分に間に合うところだ。しかし終点の電車は寝過ごして別の駅に行かない代わりに、そのままリターンすることはあるのだ。
幸いにも目を覚ましたときは、まだリターンをする前だった。だが列車は進まなくとも時間は進む。時計を見ると終バスまで3分というところだった。
慌てて席を立つ、慌ててエスカレーターを駆け上る、慌ててスイカをセッティングし、慌てて改札に入る、改札の反応速度が遅く膝をぶつけるが、構わず走る。走る、走る、走る。クリスマス用のディスプレイに彩られた気の早いコンコースを、デブが必死になって走る。必死な割には相当速度は遅いのだが、それでも衝突したら死傷者が出そうな勢いでデブが走る。脳内BGMは山下達郎の『クリスマス・イブ』だ。
ドリフトするかのようにカーブして、駅を出る階段を降りる。下から階段を上っていた老婆が祟りに触れたかのような顔で僕をみつめる。タクシーを待つ人の列が驚愕の表情を浮かべて僕を見る。僕は時計を確認する、あと20秒。バス停の方を見る。いる。もういる。バスがいる。乗降中のランプが着いている。脳内BGMが『太陽に吠えろ』に変わる。
走る走る走る。とにかく走る。小雨というには少々大ぶりな粒が僕の身体を容赦なく濡らす。それでも走る。気にせず走る。既に汗だか雨だかわからなくなってる。くそなんで僕はコートなんか着てるんだ。脱げば速くなるのか、速くなるに違いない、それなら全裸だ全裸しかない!間に合う間に合う!間に合ああー!!乗降中ランプ消えて走り出しやがった!!!!!
あと20mくらいというところで、バスの野郎は走り出しやがった。だが僕は諦めない。諦めたら帰れない。いや帰れるけどタクシーとか高いしイヤだ!!初速でまだ車線変更をしようとしているバスを追いかける。手を振る。停まってくれと祈る。停まらない。停まりゃしない。瞬間的に殺意が芽生える。脳内BGMが大音響の『パワーホール』に変わる。かち喰らわすぞコラァッ!!このくそたわけがッッ!!!(電車で熟睡した自分はオンザ棚の上)
右腕を振り回しながら車道を走る。通行人がいたら、間違いなくリキラリアットでKOする勢いだ。信号が赤になる、停まった、追いついた、サイドに回り込む、必死になって乗降口を叩く。加減を知らない野生動物の様に叩く。
ようやくドアが開いた、乗り込む、間に合った。安堵の溜め息を吐こうとするが、息が上がってしまって普通の呼吸すらろくすっぽ出来ない。
ガラガラの車内の空いている席にへたり込み、ようやく一息つく。雨だか汗だかでぐしゃぐしゃになっている顔をコートの袖でぬぐう。脳内で『パワーホール』がフェイドアウトするのを感じつつ、改めて車内を見渡すと、ガラガラどころか僕しか乗っていないことに気がつく。
そして車内に張りつめる異様な緊張感。発生源はもちろん運転手さん。明らかに警戒されてる。「なぁにがやりたいんだバスを発車させてコラァ!!」(定刻通りです)と、コラコラ問答をしかけられるとでも思っているのだろうか。それとも熊がドアを叩いて乗車してきたことに素直に驚いているのだろうか。
バスはそのまま乗るモノも降りるモノもなく、二人きりで順路を走った。妙な緊張感と、汗をダラダラかいているデブを乗せて。そして妙な緊張感の解答は自宅最寄りのバス停に到着し、下車するときに判明した。
料金を支払っているときに、運転手さんが云ったのだ。「すみません。追いかけてるの見えてたんですけど、うちのバスじゃないと思って…」と。それってのはつまりその、見えていたのに走り出したということであって、ぶっちゃけ「まいてやる」くらいのつもりでいたということだ。その言い訳をしているわけだ。
ちなみに僕は乗車した直後こそ長州になっていたが、その後は不意の中距離ダッシュに疲弊しきってしまっており、色々な意味で規格外の乗車を許してくれた運転手さんに感謝こそすれ、恨み言のひとつさえもあるわけはなかった。そして「いやーいい運転手さんだなぁ。なんて人だろう?」というつもりで、運転手の表示シートをみて、名前をチェックしていたのだ。
そういうわけで、しないでもいい言い訳をした運転手さんに対して、僕はこう答えた。
「やー、間に合ったからいいんですよ。武田さん(仮名)」
と。(もちろん本人は爽やかなつもりの)笑顔を添えて。だがその笑顔が、疲労と汗や雨による効果によって犯罪者率50%アップ・野生の熊率80%アップだった可能性は否定できない。
彼、運転手の武田さん(仮名)が、僕に名指しされたことを、どう受け取ったかは定かではない。定かではないが、僕を降ろした後、降車口の扉が普段より素早く閉じたように感じたし、こちらは明らかに普段より急発進でバスは去って行ってしまった。
そんなバスを見送った僕は、心臓に痛みを感じた。それはいつもの急激な運動によるものとは、ちょっと違う痛みで。それが降車する直前に見た武田さんの怯えた表情によるものなのか、冬の夜の寒さによるものなのかは、ちょっとわからなかった――。
ちなみにその後も何度か
終バスに乗りましたが
運転手の武田さん(仮名)には
二度と遭遇していません。
(まぁ偶然だと思いますけど…ね…)
特にバスが熱い。どう熱いかというと、僕の家の最寄りのバス停は気合を入れれば徒歩1分。ダッシュなら30秒で到着する距離にあるのだ。だからバスを利用するときの玄関先はいつだって戦場だ。
なにしろ僕は私用の場合、時間のスケジュールをたてるのが面倒くさくてイヤな人なのだ。きっと前世はメキシコ人とかそのあたりだったんだろうと思う。ビバ!ルチャビバ!
そういうわけで『前もって支度をしておいて』とか『余裕を持って』という概念が基本的に存在しない。
『1分で着くところなら、1分前に行けばいいじゃない』
パンより菓子を推奨して、全仏パン職人組合の手によってギロチンにかけられた、マリー・アントワネットよろしく(違う)、そんな事を云っては、いつも地獄を見ている。
というのも大体の場合、当然のこと間に合わずに、デブのクセに準備運動もなしにダッシュする羽目になるからだ。本当にこれは命取りになるから素人にはお勧めできない。
運良くバスに乗り込めたところで、息を荒げたデブが乗り込んできたときの他の乗客の視線も痛いが、リアルに心臓に痛みを感じたりするから実に油断が出来ないのだ。リアルに地獄を見ている。
往路は大体こんな調子だが、帰路はそんなことはしない。何しろ駅は始発バス停。先行されてしまうことがあっても、バスに乗らなければ帰れないので、ひたすらじっと待たなければならないからだ。となると別段急ぐ必要もない。
ところが先日の事、終バスに連絡する最後の電車に乗り込み、僕は迂闊にも眠ってしまった。その電車は最寄り駅が終点だったので、寝過ごす心配もなく安心しきっていたのだ。だがそれが甘かった。
到着予定時刻は終バス出発時刻の10分前。少々駅から離れたところにあるバス停ではあるが、普通に歩いていっても十分に間に合うところだ。しかし終点の電車は寝過ごして別の駅に行かない代わりに、そのままリターンすることはあるのだ。
幸いにも目を覚ましたときは、まだリターンをする前だった。だが列車は進まなくとも時間は進む。時計を見ると終バスまで3分というところだった。
慌てて席を立つ、慌ててエスカレーターを駆け上る、慌ててスイカをセッティングし、慌てて改札に入る、改札の反応速度が遅く膝をぶつけるが、構わず走る。走る、走る、走る。クリスマス用のディスプレイに彩られた気の早いコンコースを、デブが必死になって走る。必死な割には相当速度は遅いのだが、それでも衝突したら死傷者が出そうな勢いでデブが走る。脳内BGMは山下達郎の『クリスマス・イブ』だ。
ドリフトするかのようにカーブして、駅を出る階段を降りる。下から階段を上っていた老婆が祟りに触れたかのような顔で僕をみつめる。タクシーを待つ人の列が驚愕の表情を浮かべて僕を見る。僕は時計を確認する、あと20秒。バス停の方を見る。いる。もういる。バスがいる。乗降中のランプが着いている。脳内BGMが『太陽に吠えろ』に変わる。
走る走る走る。とにかく走る。小雨というには少々大ぶりな粒が僕の身体を容赦なく濡らす。それでも走る。気にせず走る。既に汗だか雨だかわからなくなってる。くそなんで僕はコートなんか着てるんだ。脱げば速くなるのか、速くなるに違いない、それなら全裸だ全裸しかない!間に合う間に合う!間に合ああー!!乗降中ランプ消えて走り出しやがった!!!!!
あと20mくらいというところで、バスの野郎は走り出しやがった。だが僕は諦めない。諦めたら帰れない。いや帰れるけどタクシーとか高いしイヤだ!!初速でまだ車線変更をしようとしているバスを追いかける。手を振る。停まってくれと祈る。停まらない。停まりゃしない。瞬間的に殺意が芽生える。脳内BGMが大音響の『パワーホール』に変わる。かち喰らわすぞコラァッ!!このくそたわけがッッ!!!(電車で熟睡した自分はオンザ棚の上)
右腕を振り回しながら車道を走る。通行人がいたら、間違いなくリキラリアットでKOする勢いだ。信号が赤になる、停まった、追いついた、サイドに回り込む、必死になって乗降口を叩く。加減を知らない野生動物の様に叩く。
ようやくドアが開いた、乗り込む、間に合った。安堵の溜め息を吐こうとするが、息が上がってしまって普通の呼吸すらろくすっぽ出来ない。
ガラガラの車内の空いている席にへたり込み、ようやく一息つく。雨だか汗だかでぐしゃぐしゃになっている顔をコートの袖でぬぐう。脳内で『パワーホール』がフェイドアウトするのを感じつつ、改めて車内を見渡すと、ガラガラどころか僕しか乗っていないことに気がつく。
そして車内に張りつめる異様な緊張感。発生源はもちろん運転手さん。明らかに警戒されてる。「なぁにがやりたいんだバスを発車させてコラァ!!」(定刻通りです)と、コラコラ問答をしかけられるとでも思っているのだろうか。それとも熊がドアを叩いて乗車してきたことに素直に驚いているのだろうか。
バスはそのまま乗るモノも降りるモノもなく、二人きりで順路を走った。妙な緊張感と、汗をダラダラかいているデブを乗せて。そして妙な緊張感の解答は自宅最寄りのバス停に到着し、下車するときに判明した。
料金を支払っているときに、運転手さんが云ったのだ。「すみません。追いかけてるの見えてたんですけど、うちのバスじゃないと思って…」と。それってのはつまりその、見えていたのに走り出したということであって、ぶっちゃけ「まいてやる」くらいのつもりでいたということだ。その言い訳をしているわけだ。
ちなみに僕は乗車した直後こそ長州になっていたが、その後は不意の中距離ダッシュに疲弊しきってしまっており、色々な意味で規格外の乗車を許してくれた運転手さんに感謝こそすれ、恨み言のひとつさえもあるわけはなかった。そして「いやーいい運転手さんだなぁ。なんて人だろう?」というつもりで、運転手の表示シートをみて、名前をチェックしていたのだ。
そういうわけで、しないでもいい言い訳をした運転手さんに対して、僕はこう答えた。
「やー、間に合ったからいいんですよ。武田さん(仮名)」
と。(もちろん本人は爽やかなつもりの)笑顔を添えて。だがその笑顔が、疲労と汗や雨による効果によって犯罪者率50%アップ・野生の熊率80%アップだった可能性は否定できない。
彼、運転手の武田さん(仮名)が、僕に名指しされたことを、どう受け取ったかは定かではない。定かではないが、僕を降ろした後、降車口の扉が普段より素早く閉じたように感じたし、こちらは明らかに普段より急発進でバスは去って行ってしまった。
そんなバスを見送った僕は、心臓に痛みを感じた。それはいつもの急激な運動によるものとは、ちょっと違う痛みで。それが降車する直前に見た武田さんの怯えた表情によるものなのか、冬の夜の寒さによるものなのかは、ちょっとわからなかった――。
終バスに乗りましたが
運転手の武田さん(仮名)には
二度と遭遇していません。
(まぁ偶然だと思いますけど…ね…)