■ チョップ!チョップ!チョップ!

手刀。

テガタナ、もしくはシュトウと読みます。広く世界中に発展した空手道の技に見られる手の小指側の側部の硬い部分を用いた打撃技の事で、英語ではチョップといいます。

勘違いしている人が多いようなのですが、手刀とは「手の側部」の肉厚な部分を用いて殴打する技であって、指を揃えて小指の付け根から先で殴打する技ではありません。「斬る」というイメージからか、どうしても鋭い方の指先側でやるものだと認識している人が多いようです。

また、日本プロレス界の祖である力道山による「空手チョップ」にはじまり、その弟子であるジャイアント馬場に継承されたプロレス技のチョップは、さらに手の付け根側で殴打するものでした。

さらに、プロレスは観客に打撃の衝撃音を伝え、説得力を持たせる必要からも掌を相手側に向ける形で、つまりはほぼ掌で相手の胸板を叩くという「逆水平チョップ」が現在の主流になっています。

繰り返しますが、このようにして、チョップ・手刀という技は「揃えた指先で斬る」というものではないのです――。


今を遡ること十年以上前の話です。とある格闘技の道場の年少部では、プロレスが大流行していました。メインの話題は全日本プロレス。ジャンボ鶴田、ジャパンプロレスの長州力、そして天龍源一郎が話題の中心にいました。

オリンピック選手でもあり、アマチュアレスリングあがりの鶴田・長州に対して、力士から転身した天龍は、そのゴツゴツとした「音の出る」闘いっぷりが年少部の間で人気になっていたんです。

彼の代名詞でもある「天龍チョップ」と呼ばれた、やや下方からカチあげるような手加減しらずの逆水平チョップは、その衝撃音や受けている相手の表情からも「プロレスがヤラセであろうがなんであろうが、あれは喰らったら死ぬ」というリアルな痛みが伝わり、そうした面でも人気があったのかもしれません。


しかし、Y君という少年は違いました。幼稚園に上がった頃から別の流派の格闘技を習っていた彼は、チョップにも一家言あったようで「あんな派手な音の出る手刀はプロレスだからだよ。実際になんか使えない」と云っていました。

Y君にいわせると、そもそもが胸板に打ち込むということが間違いだそうで、あれでは倒せないと彼は言い張ります。確かに空手でいえば手刀を打ち込むべきところは、側頭部や眉間、喉仏やら頸動脈という急所です。

なるほどいわれてみれば確かにその通りです。日本プロレス界にチョップを流行させた開祖である力道山は、空手家の中村日出夫氏や、合気道の大庭一翁氏などから「武術」としての手刀打ちを習い(まーこのあたりは諸説あり)、それをプロレスのリングに持ち込んだとされています。

当時の映像をみると、胸元にも確かに打ち込んではいるものの、首筋(頸動脈)や鎖骨・喉などにもガンガンに打ち込んでいる映像を見ることが出来るわけです。こりゃーもーでっかくて強いガイジンさんでも、割と耐えられたもんじゃありません。むしろプロレス的には実はナシなんじゃないかっていうくらいです。


とかくY君は、そのようにチョップの話をした後で「今のプロレス界には、力道山みたいな武術的なチョップを使う人はいないからねえ。天龍だって音だけだよ」と鼻で笑ったりしたのです。

ここまでならばよくある「プロレスファンvs他の格闘技ファン」という図式なのですが、実はY君もプロレスファン。つまり簡単にいえば彼は天龍がキライで、そんなことを云っていたわけです。そんなY君は、鼻で笑った後に続けました。

「やっぱりね、チョップといえば力道山直系の馬場だよ。モノマネでバカにされたりするけど、馬場のチョップはちゃんとした手刀だぜ」

と。この言葉には正直少々「えー…?」という失笑が漏れました。というのも当時にしてジャイアント馬場は既に五十代間近。息の長いプロレスラーとしても、既にベテラン中のベテランで、身体も衰えており、タイトルマッチなどは行っていましたが、若く溌剌とした鶴田・長州・天龍などに比べては、あからさまに「弱そう」な印象がぬぐえなかったのです。

ですがY君は止まりません。馬場のチョップの手刀の作り方、長い手足で遠心力をしっかり使って打つというモーション、掌で叩くのではなく本来の手刀の形でヒットさせる部位の正確さや、時折ノドや眉間などに打ち込むクレバーさ、また特に脳天唐竹割という頭頂部に打ち込む馬場の体格ならではの必殺技の有効性を熱く語り始めました。

若手の話ばかりで盛り上がり、大好きな馬場をバカにされたかのような反応をした他の年少部のメンバーが気に入らなかったのでしょう。Y君は躍起になって馬場の魅力を語り、そのチョップの凄さについて熱弁をふるいました。


そして彼が一息ついたところで、同じ年少部のSという少年が云ったのです。

「じゃあさ、実際にどっちが強いのかやってみればいいんだよ」

と。しかしこれは馬場と天龍に試合をさせるとかそういうわけではありません。天龍チョップのフォームと、馬場チョップのフォーム。どちらから繰り出されるチョップが「より痛いのか」。それを実際に自分たちで比べてみようというわけです。

いってしまえば、単なるプロレスごっこ。しかしながら本人達は割と真剣です。お互いのポリシーや信じるモノ、そしてファンとしての代理闘争。しかも世代闘争ですらあるのです。練習場となっていた小学校の体育館。その跳び箱やマットがおいてある片隅で、運命のゴングは鳴り響きました。

(仮想)青コーナー S(天龍代理)/小学5年生/緑帯4級/趣味:ファミコン・スクワット
(仮想)赤コーナー Y(馬場代理)/小学6年生/緑帯4級/趣味:天体観測・推理小説(ホームズ)

年齢はS君が一つ下でしたが、身体が弱く泣き虫だったので道場に入ったものの、何かに途中から目覚めてしまい、プロレスラーに憧れてスクワットを1000回やったりして、その足の太さから当時「大根」とあだ名されていたズングリ体型のS君に対して、幼稚園から伝統派空手を習ってはいたものの、食べ物の好き嫌いが激しく、当時「カイワレメガネ」とあだ名されていたヒョロヒョロ体型のY君は、まさに天龍と馬場を象徴するかのように好対照の体格をしていました。

お互い道着の上を脱いで、上半身をむき出しにしてのにらみ合い。そこからジャンケンで負けた方が最初にチョップを喰らうという事になり、勝利したS君は腰を落として構えると、思いきりバックスイングで振りかぶると右足を一歩踏み込みながら、上半身を残しつつ腰を回転させ、思い切り「ねじりの溜め」を加えた逆水平チョップをY君の胸元に叩き込みました。

もちろん指は全て開き、丁度掌の一番分厚い部分が一番最初にあたるようにしています。これこそが天龍チョップなのです。体育館に「どばちいーーーーーん」という凶悪な音が鳴り響きました。子どもは割と手加減を知りません。

Y君は顔を真っ赤にして「いってえー!!」という表情をしながらしゃがみ込みつつも、プロレスラー(代理)らしくグっと堪えて、身体を起こすと「今度は僕の番だね!」と言い放ちました。胸にはS君の手形が真っ赤になってついています。そしてちょっと涙目です。

S君は「来いっ!」というと、しっかりと奥歯を噛み締めて、Y君の脳天唐竹割に備えました。Y君はS君の頭に左手を添えると、右腕を大きく振りかぶってS君の脳天目がけて振り下ろしました。

「ごっ」という鈍い音がしましたが、目をつぶって痛みが来るのを待っていたS君は「あれ?大して痛くない?」と目をあけると、目の前には左手で右手をしっかりと握りしめてへたり込んでいるY君の姿があったのです。


そう、Y君は目測を誤ったのか馬場イズムが足りなかったのか、打ち方を誤ってしまったのか、どうやら右手を傷めてしまったんです。ひょっとしたら人体の中で最も硬い部位である頭蓋骨の額に近い方を叩いてしまったのかも知れません。

そもそも元巨人軍投手でプロレスラーでもある馬場の分厚くデカイ手と、「カイワレメガネ」と称され、誕生日に買ってもらった天体望遠鏡を大事に扱うY君の薄く繊細な手では、大きな違いがあります。違いがあるというか、まるで違うモノです。

掌を使う天龍式の逆水平チョップに対して、手刀を打ち込む馬場式の脳天唐竹割は、ヒットさせるべき部位をしっかりと目標にあてる為の熟練が必要ですし、硬いモノを叩いても大丈夫なように手を鍛えるという鍛錬も必要です。

つまり奇しくもY君が自分で云った「馬場のチョップはキャリアのなせる熟練の技だよ」の言葉通り、代理プロレスラーのY君の手に負える技ではなく、硬い頭を叩いた衝撃に手の方が負けてしまったわけです。


他の年少部のメンバーも、手をおさえてたまましゃがみ込んでしまったY君の周りに、集まってきて、口々に「大丈夫?」などと声をかけます。お互いに技を受け合い、まさに痛み分けとなるはずだったS君も、気まずそうにY君を気遣います。

「やっぱ馬場も強いんだよ。素人の僕らが出来る技じゃないんだね。うん。馬場だから出来るチョップなんだねえ」

しかしながらこの言葉がよくなかったんです。馬場だから出来るという云い方は、つまりY君のチョップがしょぼいという事に直結してしまい、あからさま痛がってもいないS君からそんなことを云われたY君的には、どうにも後に退けなくなってしまったんです。

「もう一回、もう一回やろう。今のは打ち方を間違えたんだ。馬場のチョップは、指がこう伸びてるんだ」

そういうとY君は、すっかり充血しきった目で訴えるように五本の指を全て伸ばした手刀を作ってみせ、S君にいいました。そしてさらに「馬場はもっと背が高いから、ジャンプして打っていい?」とも云ったのです。

なんというか、Y君は必死でした。偉大なるレスラージャイアント馬場の威厳を守る為なのか、単なる意地なのかはわかりませんが、とにかく必死だったのです。

小学校の体育館の片隅。違う学校の生徒とはいえ、半裸で半泣きの上級生に懇願されたS君は、気圧されるようにして「う、うん、いいよ」と応えました。そして第2回戦が行われることになったんです。


さすがに少し遠慮したS君は、再びジャンケンに勝利するもさっきよりは弱めにチョップを打ちます。しかし既にみみず腫れになったY君にはそこそこ効いたようで、Y君は胸を押さえて一旦しゃがみ込むと、まるでプロレスラーになったかのような燃える表情で立ち上がりました。

それから何故か少しアゴを突き出しながらS君の頭を掴むと、その場で大きく指を開いて手刀を作ってふりかぶり、その場でジャンプしながらS君の頭に手刀を振り下ろしました。


ゴッ――。


先ほどよりも確かに強い衝撃。そして確かに強い痛み。

「く〜〜〜ッ!!」

さすがに頭を押さえ込んでしゃがみ込んだS君ですが、その視線の先には何故か自分と同じ様なうめき声をあげつつ、右手を抱え込んで転げ回るY君の姿がありました。

しかし抑え込んでいる部位が先ほどは手刀部分だったのに比べて、今度は指を抑えて悶絶しています。Y君に何が起こったのか――それはしばらく後に彼の口から語られました。

S君の頭に手刀を落とす時、Y君は思いきり五指を伸ばしていました。が、ジャンプした結果目測を誤ったのでしょう。再びヒットポイントがズレ、思い切り小指の付け根から当ててしまったのです。

結果として衝撃は伸ばしきった指全てを閉じさせ、逃げ場を失ったエネルギーは、それぞれの指の第二関節同士を、鉄球の振り子を使ったオブジェ「衝突球」のように衝突させ、小指から人差し指まで4本の指の関節にとんでもない痛みを与えたのです。

この痛みがわからない人は、小指から人差し指までを全て伸ばし、ぴっしりと揃えて机などを小指の付け根あたりで叩いて見て下さい。多分一番痛いのは間に挟まれた薬指と中指の第二関節だと思います。

そしてそれを思い切りジャンプして、渾身の力で叩きつけた痛みがY君の痛み――そう考えてもらえれば、大体正解だと思います。


胸に二つの紅葉をはりつけ、右手と左手で一人シェイクハンド状態のまま転げ回る半裸のY君を、年少部のメンバーはどうしたらいいのかわからない目で見下ろしていました。

やがて稽古が始まる時間になってしまったので、なんとかY君を助け起こし、半泣きから4/5泣きになっているY君に道着を着せると、何事も無かったかのように稽古を始めました。そう、S君をはじめとした年少部の誰もが天龍vs馬場の代理闘争はなかったこととして胸の奥に封印したのです。

武道の武とは「戈を止める」と書きます。つまり暴力を止める、破壊的衝動や人を傷つける意志をコントロールし、そして止める。武道とはその為の自己鍛錬です。並みの小学生だったら、Y君を小馬鹿にし、彼の敬愛する馬場をも小馬鹿にし、彼の傷口をえぐったでしょう。それをしなかったのは、さすが年少部とはいえども武道を嗜む男子といったところではないでしょうか。


しかし一人だけ、一人だけは違いました。悔しさを忘れられなかったのでしょう。稽古を終えて着替えも終わった後、体育館を出て自転車に跨った去り際、それまでさすがに大人しかったY君は、思い詰めたような表情でS君達に云い放ったのです。

「ばっ、馬場はあんなもんじゃないからな!!」

云い終えるか終えないかのうちに、彼は自転車を思い切り漕ぎ出して、S君達の前から姿を消しました。Y君の必死な表情と、ちょっとあんまりといえばあんまりな行動と言動に、さすがにガマン出来なくなったのか、その直後大爆笑が起こったことはいうまでもありません――。


これは今から二十年近く前の、ある夏の出来事。そしてその数年後、タッグマッチながら天龍は馬場からピンフォールを奪い、馬場越えを果たしました。さらに全日本プロレスを離脱しSWSを旗揚げ。さらにSWS崩壊後はWARを旗揚げし、WAR崩壊後はフリーとして各団体のリングに上がりつつ、古巣全日本にも復帰を果たし、現在はNOAHマットを主戦場に55歳の今も、元気過ぎるほど元気に天龍チョップを武器として暴れ回っています。

自他共に認めるプロレスファンでもある南原清隆氏が司会を務めるスポーツバラエティ番組「NANDA?!」では、先週・今週とプロレスのチョップについて特集を組んでおり、天龍選手も出演しています。

前回放送でもチョップを科学的に検証する素晴らしい番組構成になっており、続編放送にも相当な期待がもてます。特に「馬場にカーンに橋本も!永久保存版『歴代チョップ列伝』」というコーナーはまさに必見といえるでしょう。

戦後日本を元気づけたのは力道山の空手チョップでした。この力道山から始まった「チョップ」は日本プロレス界の伝統芸です。未だ現役の天龍を筆頭に、NOAHの小橋建太、健介オフィスの佐々木健介、また先頃他界した橋本真也など、チョップの名手と呼ばれる選手は多く、またチョップの巧さ・迫力・威力などは、プロレスラーの技巧を計る一種のバロメーターになっています。

Mr.Childrenの名曲「everybody goes〜秩序のない現代にドロップキック〜」のフィナーレでも「秩序のない現代に水平チョップ」と歌われた水平チョップとプロレスの面白さ、凄さを、この番組とチョップを通じて、少しでも皆さんに知ってもらえれば、一プロレスファンとして幸いに思います。



それはそれとしてY君の痛みを知る為に
間違ったチョップを打ちすぎて
現在非常に右手の指が痛いです。

(決して真似し過ぎないようにご注意を…)

(C) G-LABO Gengi-DOJO.