【 2004年03月12日-10:36 のつぶやき 】
■ グノシエンヌ
そこは、埃っぽく、空気が澱んでいて、薄暗く。乱雑で、寂しくて、薄ら寒くて。そして、なにか不思議なにおいがしました。
初めて「廃墟」というところに入ったのは、今を遡ること二十年前のことでした。廃墟というよりは、正確には「廃屋」だったのだと思います。
当時の僕は小学校の中学年。自分で云うのもなんですが、少年らしい少年であったと思います。それは即ち、旺盛な好奇心、無謀なまでの行動力、そして後先考えない思考能力の低さ、この三つが、かっちりと揃っていたという事に他ならないのですが。
その「廃屋」は、数年後に通うことになるはずの中学校から、そう遠くないところにありました。けれども、当時少年であった僕にとってはそこまで自転車で来ること自体が、ちょっとした冒険であったことはいうまでもありません。なにしろ「学区外」でしたから。
小麦色の枯れ薄に埋められた空き地。その真ん中に「ぽつん」と建っている、古い古い平屋建ての一軒家が、その「廃屋」でした。
とにかく見るからに古い造りの建物で、冬枯れのまま葉をつけなくなった老木が、悪魔の指のかぎ爪のように、低い屋根の方に伸びていました。周囲はトタン板を使った塀があったのでしょうが、それらはすっかり朽ちていて、僕らはそこから「潜入」したのです。
「潜入」。今現在の大人の感性、つまり「常識」的に考えれば、潜入なんて言葉ではなく、単純な「侵入」です。もっといってしまえば、そこは私有地なワケですから「不法侵入」という、よりタチの悪いモノです。
でも、当時の「ぼくたち」は「探検隊」だったのです。おそらく「なんでもない」老朽化の為に取り壊しが決定した一般住居だったのでしょうが、「ぼくたち」にとって、そこは幽霊が出ると噂の「お化け屋敷」だったのです。
「そこ」は、老婆の霊が出るとか、子どもの笑い声が聞こえるとか、押入の中の布団が血に染まっているとか、そういう噂が一杯でした。そんな話をいくつも聞いた「ぼくたち」は「探検隊」を結成し、はるばる「学区外」の、この「お化け屋敷」までやってきたのです。「潜入」して「探検・調査」をする為に。
とはいうものの、構成員は同じ団地住まいや近所の友達ばかり。それも年上の子達が中心で、僕はオマケでついていっただけのようなものでした。
壊れたトタン塀から中に入り、これまた壊れた雨戸を開けて、僕たちは、中に入りました。既に何人もの生徒達がこの中に入っているので、教えられた手順通りに入りました。外は夕暮れの時間で、既に薄暗くなり始めていたので、僕たちは持参した懐中電灯と、外からの光で部屋の中を見ました。
積もった埃。張り紙がぼろぼろになって茶ばんでいる襖、穴があいてぼろぼろになっている障子、変色した畳はところどころ返されていて、床板がむき出しになっていました。それらが何とも云えない恐怖を「ぼくたち」におしつけます。
そして何とも云えない、奇妙な空気。埃と黴と朽ちた木や建材の臭いによるものだったのでしょう。とにかくそれは、全てが「未知の空間」であり、「未知の恐怖」でした。
入ったところは多分居間だったのだと思います。置き去りにされた家具。そして開け放された襖の向こうに懐中電灯を向けると、そこには間続きに部屋があるようでした。懐中電灯の光でその空間を探ると、押入らしきものが浮かび上がります。
先に進んだ友達の影になって、僕にはよく見えないのですが、その友人が自分の懐中電灯で照らして見たのでしょう「布団が入ってる!!」と一際高く言うと、「ぼくたち」がそれまでため込んでいた恐怖が一気にはじけ、全員パニックになってしまいました。
「こわい!」と「いやだー!」とが混ざったパニックの悲鳴。そして足音。それがさらに恐怖心を駆り立てて、すっかり大パニックです。逃げ出す「探検隊」の面々に遅れないように、「ぼく」も慌てて後を追いかけて、外を目指しました。もちろん、泣きながら。
普通の民家ですし、そんなに奥にまで踏み込んだわけではないのですから、あっという間に外に出ます。そして荒れた庭をこえてトタン塀を抜け、自分の自転車にまたがろうとして、僕は、今さっき逃げ出してきた「お化け屋敷」を振り返りました。
僕が背負った夕陽の朱に照らされた「それ」は、来たときよりも影を帯びていて、余計に薄暗く、一瞬の出来事とパニックの伝染があっただけで、特になにかがあったわけでもないのに、とにかく「恐ろしいモノ」に見えて、涙で滲んだ視界の映像とともに、言い知れぬ「恐怖」をも「ぼく」の脳裏に焼き付けたのでした。
それから今までの約二十年の間にも、何度か「廃屋」・「廃墟」に訪れる機会がありました。子どもだったとはいえ、パニックを起こして泣くほど怖い経験をしたくせに、その大半は、お定まりの「肝試し」でした。
まぁ結局は「パニックを起こすか、恐怖に心が折れてすぐに退散」という、小学生の頃からかわらぬパターンばかりで、特にどうという経験もなかったわけなのですが。いや、何事もなくてよかったんですけどね。
他にも、廃工場をたまり場にしていたこともありましたし、団地の古くなって使われなくなった水道管理棟なんかを、たまり場にしていたこともありました。
それらは「肝試し」ではなく、団地の床下に作った「秘密基地」の延長のようなもので、妙に居心地が好くて、いつまでも話し込んで、くだらない話に大笑いしたり、弾けもしないベースの練習をしたりしていました。これが僕の「廃墟」の、もう一つの思い出です。
こんな風に、僕の中で「廃墟」は「恐怖」と隣り合わせの存在で、そのくせ「秘密基地」的な、懐かしい「たまり場の記憶」のある場所であったりもします。進んで「行きたい」とも思わないけれども、何故か心惹かれ、別に住んだ記憶があるわけでもないのに、何故か居心地が好かったりもする場所。
一言で云ってしまえば『奇妙』。
僕にとって「廃墟」とは、そんな空間なのです。まるでエリック・サティの曲を不意に耳にして、曲名が思い出せないときのような、もやもやとした感覚。
そういえば「廃墟」には、サティの曲がよく似合います。「秘密基地」の記憶のような懐かしさを感じるような場所には、スロウなピアノの「ジムノペディ」を。かつては人が多く訪れ賑わったであろう夢の跡には、壊れかけたオルゴールの「貴方が欲しい」を。
そして、恐怖と未知とが共存する、奇妙で寂しい、全ての「廃墟」達に、儚げなピアノの「グノシエンヌ」を――。
そこは、埃っぽく、空気が澱んでいて、薄暗く。乱雑で、寂しくて、薄ら寒くて。そして、なにか不思議なにおいがしました。
明日、土曜の夜。そんな「廃墟」を沢山歩いてきた人たちのお話を、お酒を飲みながら聞いてこようと思います。仲間達と呑んでいると思うので、見かけましたら、お気軽にお声がけ下さい。
『ビバ!廃墟!!』@新宿ロフトプラスワン
2004年3月13日(土) 開場18:00 開演19:00
(入場料:¥1,600(1DRINK込))
主催:トトロ大嶋
初めて「廃墟」というところに入ったのは、今を遡ること二十年前のことでした。廃墟というよりは、正確には「廃屋」だったのだと思います。
当時の僕は小学校の中学年。自分で云うのもなんですが、少年らしい少年であったと思います。それは即ち、旺盛な好奇心、無謀なまでの行動力、そして後先考えない思考能力の低さ、この三つが、かっちりと揃っていたという事に他ならないのですが。
その「廃屋」は、数年後に通うことになるはずの中学校から、そう遠くないところにありました。けれども、当時少年であった僕にとってはそこまで自転車で来ること自体が、ちょっとした冒険であったことはいうまでもありません。なにしろ「学区外」でしたから。
小麦色の枯れ薄に埋められた空き地。その真ん中に「ぽつん」と建っている、古い古い平屋建ての一軒家が、その「廃屋」でした。
とにかく見るからに古い造りの建物で、冬枯れのまま葉をつけなくなった老木が、悪魔の指のかぎ爪のように、低い屋根の方に伸びていました。周囲はトタン板を使った塀があったのでしょうが、それらはすっかり朽ちていて、僕らはそこから「潜入」したのです。
「潜入」。今現在の大人の感性、つまり「常識」的に考えれば、潜入なんて言葉ではなく、単純な「侵入」です。もっといってしまえば、そこは私有地なワケですから「不法侵入」という、よりタチの悪いモノです。
でも、当時の「ぼくたち」は「探検隊」だったのです。おそらく「なんでもない」老朽化の為に取り壊しが決定した一般住居だったのでしょうが、「ぼくたち」にとって、そこは幽霊が出ると噂の「お化け屋敷」だったのです。
「そこ」は、老婆の霊が出るとか、子どもの笑い声が聞こえるとか、押入の中の布団が血に染まっているとか、そういう噂が一杯でした。そんな話をいくつも聞いた「ぼくたち」は「探検隊」を結成し、はるばる「学区外」の、この「お化け屋敷」までやってきたのです。「潜入」して「探検・調査」をする為に。
とはいうものの、構成員は同じ団地住まいや近所の友達ばかり。それも年上の子達が中心で、僕はオマケでついていっただけのようなものでした。
壊れたトタン塀から中に入り、これまた壊れた雨戸を開けて、僕たちは、中に入りました。既に何人もの生徒達がこの中に入っているので、教えられた手順通りに入りました。外は夕暮れの時間で、既に薄暗くなり始めていたので、僕たちは持参した懐中電灯と、外からの光で部屋の中を見ました。
積もった埃。張り紙がぼろぼろになって茶ばんでいる襖、穴があいてぼろぼろになっている障子、変色した畳はところどころ返されていて、床板がむき出しになっていました。それらが何とも云えない恐怖を「ぼくたち」におしつけます。
そして何とも云えない、奇妙な空気。埃と黴と朽ちた木や建材の臭いによるものだったのでしょう。とにかくそれは、全てが「未知の空間」であり、「未知の恐怖」でした。
入ったところは多分居間だったのだと思います。置き去りにされた家具。そして開け放された襖の向こうに懐中電灯を向けると、そこには間続きに部屋があるようでした。懐中電灯の光でその空間を探ると、押入らしきものが浮かび上がります。
先に進んだ友達の影になって、僕にはよく見えないのですが、その友人が自分の懐中電灯で照らして見たのでしょう「布団が入ってる!!」と一際高く言うと、「ぼくたち」がそれまでため込んでいた恐怖が一気にはじけ、全員パニックになってしまいました。
「こわい!」と「いやだー!」とが混ざったパニックの悲鳴。そして足音。それがさらに恐怖心を駆り立てて、すっかり大パニックです。逃げ出す「探検隊」の面々に遅れないように、「ぼく」も慌てて後を追いかけて、外を目指しました。もちろん、泣きながら。
普通の民家ですし、そんなに奥にまで踏み込んだわけではないのですから、あっという間に外に出ます。そして荒れた庭をこえてトタン塀を抜け、自分の自転車にまたがろうとして、僕は、今さっき逃げ出してきた「お化け屋敷」を振り返りました。
僕が背負った夕陽の朱に照らされた「それ」は、来たときよりも影を帯びていて、余計に薄暗く、一瞬の出来事とパニックの伝染があっただけで、特になにかがあったわけでもないのに、とにかく「恐ろしいモノ」に見えて、涙で滲んだ視界の映像とともに、言い知れぬ「恐怖」をも「ぼく」の脳裏に焼き付けたのでした。
それから今までの約二十年の間にも、何度か「廃屋」・「廃墟」に訪れる機会がありました。子どもだったとはいえ、パニックを起こして泣くほど怖い経験をしたくせに、その大半は、お定まりの「肝試し」でした。
まぁ結局は「パニックを起こすか、恐怖に心が折れてすぐに退散」という、小学生の頃からかわらぬパターンばかりで、特にどうという経験もなかったわけなのですが。いや、何事もなくてよかったんですけどね。
他にも、廃工場をたまり場にしていたこともありましたし、団地の古くなって使われなくなった水道管理棟なんかを、たまり場にしていたこともありました。
それらは「肝試し」ではなく、団地の床下に作った「秘密基地」の延長のようなもので、妙に居心地が好くて、いつまでも話し込んで、くだらない話に大笑いしたり、弾けもしないベースの練習をしたりしていました。これが僕の「廃墟」の、もう一つの思い出です。
こんな風に、僕の中で「廃墟」は「恐怖」と隣り合わせの存在で、そのくせ「秘密基地」的な、懐かしい「たまり場の記憶」のある場所であったりもします。進んで「行きたい」とも思わないけれども、何故か心惹かれ、別に住んだ記憶があるわけでもないのに、何故か居心地が好かったりもする場所。
一言で云ってしまえば『奇妙』。
僕にとって「廃墟」とは、そんな空間なのです。まるでエリック・サティの曲を不意に耳にして、曲名が思い出せないときのような、もやもやとした感覚。
そういえば「廃墟」には、サティの曲がよく似合います。「秘密基地」の記憶のような懐かしさを感じるような場所には、スロウなピアノの「ジムノペディ」を。かつては人が多く訪れ賑わったであろう夢の跡には、壊れかけたオルゴールの「貴方が欲しい」を。
そして、恐怖と未知とが共存する、奇妙で寂しい、全ての「廃墟」達に、儚げなピアノの「グノシエンヌ」を――。
そこは、埃っぽく、空気が澱んでいて、薄暗く。乱雑で、寂しくて、薄ら寒くて。そして、なにか不思議なにおいがしました。
明日、土曜の夜。そんな「廃墟」を沢山歩いてきた人たちのお話を、お酒を飲みながら聞いてこようと思います。仲間達と呑んでいると思うので、見かけましたら、お気軽にお声がけ下さい。
2004年3月13日(土) 開場18:00 開演19:00
(入場料:¥1,600(1DRINK込))
主催:トトロ大嶋