■ あの日の君の声

先日も書いた事だけれども、最近1980年代の歌謡曲を聴きまくっている。聴きまくっているのだけれども、最近は傾向が変わってきた。

どう変わってきたかというと、のんべんだらりとそのまま垂れ流しているのではなく、好きな曲をチョイスしてプレイリストを作って聴いているというわけ。


もちろん「1980年代の好きな曲」であるから、当時聴いていた、好きだった、気になっていたというような楽曲になるのだけれども、当時は気にもとめていなかったというか、むしろあまり好きではなかった歌い手なのに、今は夢中になっているというのが、何曲かある。

どんな曲かというと、角川映画の主題歌だったりするのだ。1980年代の角川というと、これがまたかなり微妙な「アイドル映画のような映画」をよく撮っていた。主演するのは、薬師丸ひろ子、そして原田知世。

当時の僕は当たり前の事ながらガキであって、ガキの視点からはこれらの映画は「オトナ向けのアイドル映画」であった。

どういうわけかガキの時分からアイドルに夢中になったことのない僕は、映画はガキの頃から好きであったはずなのに、全く興味をもたなかったことを覚えている。


「ねらわれた学園」
「セーラー服と機関銃」
「時をかける少女」
「探偵物語」
「愛情物語」
「Wの悲劇」
「メインテーマ」
「天国にいちばん近い島」
「早春物語」

この2人の主演映画はこんなモノだと思う。そしてそれぞれの主題歌の大半を、この主演の2人が歌っていた(「ねらわれた学園」のみ松任谷由美)

そしてその曲はおそらくは映画の主題歌専用として製作、提供されたという、当たり前といえば当たり前のものであれども、豪華な楽曲であったと思う。いわばお手軽ではないということ。

アイドルとして売り出すというよりは、新人女優として歌番組で歌わせることで露出を多くし、そして映画のプロモーションにもなるという、ちょっとしたメディアミックス効果も狙った戦略だったのかもしれない。


話を戻す。やはり僕はこの頃の彼女らというものにも映画にも興味を持っていなかった。正確には映画に興味が無く、だからこそ彼女らにも興味がなかったのだと思う。

でも、周りの同年代のガキどもは、いっちょまえに色気づいているのか、薬師丸ひろ子にも原田知世にも女性としての好意を示していた。

なんとなく、僕は「そういうの」は恥ずかしい事と考えていたのかもしれない。目覚めていなかったとかそういうわけではないと、マセガキだった当時の自分を振り返ってもそう思う。


さて、再び現在に立ち戻ってみると、おかしなことに、これらの曲の音楽の構成やら歌詞の内容やら歌い方、歌声など、全てが心に染み渡ってくるのだ。

なんといえばいいのか、「聞き込んだ」わけではなくても「記憶にある」からなのかもしれないが、まず楽曲としても20年という時間を感じさせない。さらに今の歌い手達に、同じ曲を歌わせたとしても、しっくりくると思えないような印象もあったりするのだ。

さらに云うと、テレビ映画で一度見ただけであろうという程度なのに、映画の内容や、主題歌のかかるシーンやエンディングなどが蘇る。それも結構鮮烈に。これは実に奇妙な体験だった。


こんな感想を持つということを、客観的に見直してみると、それはつまり、これらの楽曲が映画の主題歌としての効能を完璧に果たしているということで、映画の脚本・内容・演出、そして歌い手や楽曲のチョイスに至るまで完璧であったということなのではないだろうか――ふと、そんな風に考えてしまった。

それから、当時のガキであった自分には理解できない映画であったということと、改めて大人向けの映画だったんだなぁということを認識して、今更なのだろうけれども「アイドル映画なんかじゃなかったんだな」と、往事の角川映画の力を思い知らされた気がした。


ただ、それじゃあなんだか悔しいので「自分がその当時の映画の役柄の人達より上の年齢になったから」という、もっともらしい事と、一応「懐かしさもあってだろ」という事を、負け惜しみのように評価に付け加えたりした――そんな台風一過の深夜だった。


今更だけど、上の映画達を全部観直したいなぁ。DVD出てるのかなぁ…。うーむ。

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