【 2005年01月01日-15:43 のつぶやき 】
■ 新春連続更新1 学生時代の恋の話。
あけましておめでとうございます。大晦日はPRIDEとでぶやでした。K−1に関しては後日ゆっくり録画したものを確認したいと思います。
あ、さて。それでは新年一発目の『御題をもらって連続更新』行ってみましょう。
まずは静岡県にお住まいの永月さんからの御題『学生時代の家元と愉快な仲間の恋愛』です。
まだ僕が身も心も青々としていたグリーンボーイの頃のお話です。
当時の僕はといえば、女子と話すことなど出来ないベリーシャイボーイでして、コミュニケイションをする相手といえば、モニター越しの16色のキャラクターばかりでした(人はそれをエロゲーと呼ぶ)。
まぁ二十代半ばを超えるあたりまでは、同世代の女性というのは圧倒的に女性の方が精神的にも肉体的にも成熟しているわけでして、姉二人という家族環境に育ったにも関わらず、いや、だからこそかもしれませんが、ぶっちゃけ女性が怖かったりしたんです。
部活もバリバリのオタク系を兼部するというような状況でしたから、クラスや委員会の女子くらいとしか接触する機会はなく、親しく話す機会もない。
僕にとってのハイスクールライフとは、部活の仲間達とバカやったり、クラスの仲間達とバカやったりという事でしたから、ハイスクールライフに専念すればするほど女性から離れてしまうという、いかんともしがたい状況でした。
ですから、学生時代の恋愛の思い出なんてものはないんです。
――と終わってしまっては、あんまりにもあんまりですので、もう少し突っ込んで話しますと、高校二年の終わり頃に、人生初の恋人という存在が出来たりもしました。もちろん、ちゃんとした「人間」です。
課外活動でいくつかの高校が集まってディスカッションをしたりするようなイベントがあったのですが、彼女とはそこで出会い、女性が怖くて仕方なかった僕も「話し合う」という趣旨の活動ですから話さざるを得ず、数十分の間、表面的には平静を装いながらも精神的には息も絶え絶え、冷や汗の海に溺れながらといった感じで話し合った結果――惚れました(えー)。
出会ったのは夏、そして告白したのはその年の明けた新年会でのことだったと思います。それからいくつかのカップル同士のイベントやら通過儀礼やらを通り過ぎて、それは素敵に幸せな時間を過ごしましたが、受験を境に距離が出来てしまい、高校卒業・大学入学をきっかけに別れることになってしまいました。
今のようにケータイやらなんやらの通信手段があれば、まだ事態はかわっていたのかもしれませんが、当時は未だそんな便利なアイテムはひろまっておらず、あっても月額使用量などが高すぎて、とても手の出る代物ではなかったんです。
だから、お互いに会えなくなる、電話なんかも微妙という状況は、精神的に不安定になる受験期にあっては、まさに致命的な状況だったのでしょう。唐突に切り出された別れ話でしたが、原因を突き詰めて考えてみれば、なんのことはない自業自得的な別れでした。
また彼女は志望校に合格せず浪人することになり、僕は進学を決めてしまったという事も、要因の一つだったと思います。
しかも大学入学後に、僕はそれまで住んでいた場所を引っ越してしまったので、連絡のとりようもなく、彼女とは今後の人生で二度とクロスすることはないのだろうなんてセンチメンタルを気取っていたのですが、その数ヶ月後に友人を介して再会。
色々と話し合った結果、彼女でもなく彼氏でもなくといった微妙な距離の関係を保ちながら、ただひたすらに彼女の受験勉強やら愚痴やらに付き合うという日々が始まりました。彼氏彼女という恋人同士ではなく、友達として。それはナルシスティックな言い方をすれば、贖罪の日々でした。
というのも、彼女の明かした別れの理由というのが、このまま一緒にいてはどうしても甘えてしまうから、受験勉強に集中するということで会えないぐらいでダメになるようでは、どうしようもないから、だから自分を律するためにも、新生活に踏み出した僕の負担にならないためにも別れようと思ったという事だったんです。
ひょっとしたら後付の理由だったのかもしれません。でも、その当時の僕は彼女の選んだ選択肢があまりにも切なくて、そんな事に全く気づかず、別れ話を持ち出した彼女を怨んでさえいた自分を恥ずかしく思いました。
だから僕は、彼女が志望校に合格するまで、徹底的に付き合うことにしたんです。自分の「もう一度やり直したい」という気持ちはひた隠しにして、合格して春が来たら、ちゃんと云おうと、それだけを願って。
翌春、彼女は無事に合格しました。ですが、その春から家族の転勤が決まり、彼女は一人暮らしをすることに。それまでの実家からなら通えない距離ではなかったのですが、一人暮らしをするとなれば話は別。学校の側で、ということになります。
通えない距離ではない=大した距離でもないのですが、移動手段を持たない、その当時の僕にとっては、耐えることが出来ない距離でした。
だから僕は結局気持ちを明かさないまま、向こうも何かを云いかけたまま、見送りもせずに引っ越しの日を迎えてしまったんです。
そして僕はその日一日を、すべてを話していた大学の友人の下宿に転がり込んで、日本酒の瓶を抱えたまま毛布を被ってゴロゴロして、色々な感情が通り過ぎるのを、ただただ待っていました。
自分が弱くて、結局どうすることも出来なかった、おそらく僕の人生での最初の恋は、こうして終わりを迎えました。
非常に若かったというか青かったというか、そんな感じの恋愛でしたが、楽しさも寂しさも幸せも辛さも、すべてを体験出来た、そんな経験だったと思っています。
彼女からはそれからも時々手紙が届きましたし、毎年年賀状も届いていました。情けない話ではありますが、大学を卒業してしばらくするまで、どこかでこの恋愛の記憶を引きずっていたような気がします。
最後に受け取った年賀状は、数年前。間に2・3年の空白があってから届いたものでした。その年賀ハガキには、その春に結婚することになったという事、そして東北のある町へ行くことになったという事が書かれていました。丁寧な「よそ行き」の文字で。
この最後のメッセージを受け取って、ようやく僕の中に「ちゃんと終われた」という安堵とも寂寥ともなんとも云えない感情が腰を下ろしてくれました。
別れてからそれまでの間に、いくつかの恋愛もしていたのに、随分と図々しい話ではありますが、初恋っていうのはやっぱり特別なものなんだなぁなんて思ったことを、よく覚えています。
だから今でも、こうして年賀状が届く時期になると「元気でやっているかな」なんて、なんとなく雪降る東北の町の正月の景色を思い浮かべたりします。でも、そこにいる彼女の姿は、未だブレザーの上にコートを着て、マフラーを巻いている姿なんですけどね。
てなわけで、あんまり愉快な恋愛話でなくてごめんなさい。でも、ちょっとタイムリーな御題だったので、長々と書いてみました。てなわけで、一発目終了。
引き続き連続更新の内容について「御題」を募集します。こちらから、書いて欲しい御題をボンボン投稿してください。
『〜県にお住まいの〜さんからの御題』と書きますので、ハンドルネームとお住まいの都道府県名は必ず明記してくださいね。書かれていない場合は、面白い御題でも、カットされちゃいますので注意です!サイトやブログ持ちの方はURLも記載しておいてくださいねー。
あ、さて。それでは新年一発目の『御題をもらって連続更新』行ってみましょう。
まずは静岡県にお住まいの永月さんからの御題『学生時代の家元と愉快な仲間の恋愛』です。
まだ僕が身も心も青々としていたグリーンボーイの頃のお話です。
当時の僕はといえば、女子と話すことなど出来ないベリーシャイボーイでして、コミュニケイションをする相手といえば、モニター越しの16色のキャラクターばかりでした(人はそれをエロゲーと呼ぶ)。
まぁ二十代半ばを超えるあたりまでは、同世代の女性というのは圧倒的に女性の方が精神的にも肉体的にも成熟しているわけでして、姉二人という家族環境に育ったにも関わらず、いや、だからこそかもしれませんが、ぶっちゃけ女性が怖かったりしたんです。
部活もバリバリのオタク系を兼部するというような状況でしたから、クラスや委員会の女子くらいとしか接触する機会はなく、親しく話す機会もない。
僕にとってのハイスクールライフとは、部活の仲間達とバカやったり、クラスの仲間達とバカやったりという事でしたから、ハイスクールライフに専念すればするほど女性から離れてしまうという、いかんともしがたい状況でした。
ですから、学生時代の恋愛の思い出なんてものはないんです。
――と終わってしまっては、あんまりにもあんまりですので、もう少し突っ込んで話しますと、高校二年の終わり頃に、人生初の恋人という存在が出来たりもしました。もちろん、ちゃんとした「人間」です。
課外活動でいくつかの高校が集まってディスカッションをしたりするようなイベントがあったのですが、彼女とはそこで出会い、女性が怖くて仕方なかった僕も「話し合う」という趣旨の活動ですから話さざるを得ず、数十分の間、表面的には平静を装いながらも精神的には息も絶え絶え、冷や汗の海に溺れながらといった感じで話し合った結果――惚れました(えー)。
出会ったのは夏、そして告白したのはその年の明けた新年会でのことだったと思います。それからいくつかのカップル同士のイベントやら通過儀礼やらを通り過ぎて、それは素敵に幸せな時間を過ごしましたが、受験を境に距離が出来てしまい、高校卒業・大学入学をきっかけに別れることになってしまいました。
今のようにケータイやらなんやらの通信手段があれば、まだ事態はかわっていたのかもしれませんが、当時は未だそんな便利なアイテムはひろまっておらず、あっても月額使用量などが高すぎて、とても手の出る代物ではなかったんです。
だから、お互いに会えなくなる、電話なんかも微妙という状況は、精神的に不安定になる受験期にあっては、まさに致命的な状況だったのでしょう。唐突に切り出された別れ話でしたが、原因を突き詰めて考えてみれば、なんのことはない自業自得的な別れでした。
また彼女は志望校に合格せず浪人することになり、僕は進学を決めてしまったという事も、要因の一つだったと思います。
しかも大学入学後に、僕はそれまで住んでいた場所を引っ越してしまったので、連絡のとりようもなく、彼女とは今後の人生で二度とクロスすることはないのだろうなんてセンチメンタルを気取っていたのですが、その数ヶ月後に友人を介して再会。
色々と話し合った結果、彼女でもなく彼氏でもなくといった微妙な距離の関係を保ちながら、ただひたすらに彼女の受験勉強やら愚痴やらに付き合うという日々が始まりました。彼氏彼女という恋人同士ではなく、友達として。それはナルシスティックな言い方をすれば、贖罪の日々でした。
というのも、彼女の明かした別れの理由というのが、このまま一緒にいてはどうしても甘えてしまうから、受験勉強に集中するということで会えないぐらいでダメになるようでは、どうしようもないから、だから自分を律するためにも、新生活に踏み出した僕の負担にならないためにも別れようと思ったという事だったんです。
ひょっとしたら後付の理由だったのかもしれません。でも、その当時の僕は彼女の選んだ選択肢があまりにも切なくて、そんな事に全く気づかず、別れ話を持ち出した彼女を怨んでさえいた自分を恥ずかしく思いました。
だから僕は、彼女が志望校に合格するまで、徹底的に付き合うことにしたんです。自分の「もう一度やり直したい」という気持ちはひた隠しにして、合格して春が来たら、ちゃんと云おうと、それだけを願って。
翌春、彼女は無事に合格しました。ですが、その春から家族の転勤が決まり、彼女は一人暮らしをすることに。それまでの実家からなら通えない距離ではなかったのですが、一人暮らしをするとなれば話は別。学校の側で、ということになります。
通えない距離ではない=大した距離でもないのですが、移動手段を持たない、その当時の僕にとっては、耐えることが出来ない距離でした。
だから僕は結局気持ちを明かさないまま、向こうも何かを云いかけたまま、見送りもせずに引っ越しの日を迎えてしまったんです。
そして僕はその日一日を、すべてを話していた大学の友人の下宿に転がり込んで、日本酒の瓶を抱えたまま毛布を被ってゴロゴロして、色々な感情が通り過ぎるのを、ただただ待っていました。
自分が弱くて、結局どうすることも出来なかった、おそらく僕の人生での最初の恋は、こうして終わりを迎えました。
非常に若かったというか青かったというか、そんな感じの恋愛でしたが、楽しさも寂しさも幸せも辛さも、すべてを体験出来た、そんな経験だったと思っています。
彼女からはそれからも時々手紙が届きましたし、毎年年賀状も届いていました。情けない話ではありますが、大学を卒業してしばらくするまで、どこかでこの恋愛の記憶を引きずっていたような気がします。
最後に受け取った年賀状は、数年前。間に2・3年の空白があってから届いたものでした。その年賀ハガキには、その春に結婚することになったという事、そして東北のある町へ行くことになったという事が書かれていました。丁寧な「よそ行き」の文字で。
この最後のメッセージを受け取って、ようやく僕の中に「ちゃんと終われた」という安堵とも寂寥ともなんとも云えない感情が腰を下ろしてくれました。
別れてからそれまでの間に、いくつかの恋愛もしていたのに、随分と図々しい話ではありますが、初恋っていうのはやっぱり特別なものなんだなぁなんて思ったことを、よく覚えています。
だから今でも、こうして年賀状が届く時期になると「元気でやっているかな」なんて、なんとなく雪降る東北の町の正月の景色を思い浮かべたりします。でも、そこにいる彼女の姿は、未だブレザーの上にコートを着て、マフラーを巻いている姿なんですけどね。
てなわけで、あんまり愉快な恋愛話でなくてごめんなさい。でも、ちょっとタイムリーな御題だったので、長々と書いてみました。てなわけで、一発目終了。
引き続き連続更新の内容について「御題」を募集します。こちらから、書いて欲しい御題をボンボン投稿してください。
『〜県にお住まいの〜さんからの御題』と書きますので、ハンドルネームとお住まいの都道府県名は必ず明記してくださいね。書かれていない場合は、面白い御題でも、カットされちゃいますので注意です!サイトやブログ持ちの方はURLも記載しておいてくださいねー。