【 2005年01月08日-10:16 のつぶやき 】
■ 新春連続更新3 想い出に残っている旅の話
大阪府にお住まいのJFKさんからの御題。『想い出に残っている旅の話』です。
もう十年近く前になる。僕はインドネシアのバリ島にいた。2度目のバリ島へは姉弟だけで来ることになってしまい、僕は「ねーちゃん達は俺が守らねば!大体リゾートというのはイカレポンチだとかウカレポンチだとか、そういう浮ついた輩が多いし、そもそもバリ島も最近では治安があんまりノーグッドらしいアルネ!寄らば斬る!寄らなくても殴る!どっからでもダヴァイッ!」などと、日中露混ざった気合いの入れ方で、妙に気を張っていたことを覚えている。
以前にこの島を家族で訪れたときは、ツアープランに従って観光ルートをだらだらと移動したりするだけの旅行だったが、今回は違った。二つの土地に何泊かしながら自由に動き回り、自由に歩き回る事が出来るのだ。
姉らと別行動をしていれば、それは全くの自由な時間だった。なにしろ誰も僕を知らないし、当たり前の事ながら言葉も通じないのだから。
山間の村であるウブドは「芸術の村」なんて呼ばれている。リゾートというには少々無理があるこの村では相当山奥の宿に泊まることになっていた。移動手段はレンタルサイクルだけだ。だから僕は連日、当時からしても20年くらい前の日本の田舎を彷彿とさせるような風景の中を汗だくになりながら走り回った。
アップダウンの激しい道を自転車で走り回るのは面白かった。地図と光景を記憶にたたき込むだけのナビゲーション。わからなくなったらタクシーに自転車ごと乗せてもらってホテルの名前をいえばいいなんて、そんな楽観的な考え方でいた。今考えるとホテルの名前を伝えるだけの英語力にも乏しいくせに、若さ以外の何者でもない行動力だ。
田舎は田舎でも、さすがは「芸術の村」。中心部に向かうと、バティックと呼ばれる腰巻き用の布を扱う店やら銀細工の店やら、この島の魅力に取り憑かれた芸術家やら創作家やらのギャラリーがいくつもある。王宮では伝統舞踊の練習をしている少女達を見ることが出来たし、少年達はガムラン音楽の練習をしていた。
そんな中を自転車にまたがってウロチョロしては覗き見しつつ、喉が渇いたら現地のビンタンビールを煽る。観光客相手のタクシーの運転手などに「ドコイキマスカ?」と声をかけられれば、ホテルのお兄ちゃんに教えてもらった「ジャランジャラン(散歩だよ)」と笑って返す。それを聞いて向こうも笑う。半分小馬鹿にしているのかもしれないが、それでもまぁよかった。
そんなウブド滞在何日目かのこと。バリヒンドゥーという少々特殊な宗教を持つこの島には、ヒンドゥーの神様の絵が多くあることを知った。もちろんヒンドゥーの神様や伝説の場面をモチーフにした絵を扱っている芸術家もいるし、土産物のポストカードやポスターも売っている。
だけど僕が欲しかったのはそういう「芸術的価値」だのなんだのがあるものではなく、現地の人が祭壇に飾るような、そういう質素だが実のある絵だ。逆にいえば、そういう絵ならば、仮にプリントされたものだろうがなんでもよかった。
つたない英語でホテルの従業員のおねえさんに聞くと、なんでそんなものを欲しがるのか不思議がられたが、そういう絵は観光客用の土産物屋などには絶対に売っておらず、市場(パサールウブド)の中で扱っているとの話を聞いた。
それから僕は毎日パサールにいりびたった。線香や香の匂い、野菜や果物の匂い、そして人の汗のにおいや、布の匂い、書物の匂いなどが混ざった空間。
白い2階建て木造の建物は、観光客の日本人もいたが、それらは外周の観光客目当ての店ばかりで、内側の店や広場、奥深いところに行くと全くと言っていいほど姿を見なくなった。
奥に入れば入るほど、さまざまな匂いはますます強くなる。僕はなにか、どこか違う場所に迷い込んでしまったような感覚に襲われながら、「エクスキューズミードゥユハブピクチャーオブサラスヴァティ」と繰り返した。サラスヴァティ。それが僕の欲した神様の名前だった。
民族舞踊用の面や衣装などを扱っている店や、お参り用の香などをおいてある、いかにもそういう絵もありそうな店を覗きこんでは、同じセリフを繰り返す。表通りに面した店では、英語が堪能なおばちゃんらも多いのだが、奥に入れば入るほどお互いの言葉が怪しくなる。いや僕の英語はそもそもが怪しいのだが。
すると、そのうち僕の周りには何人ものバリ人おばちゃんが集まってきて、僕を囲んで口々に何かを話し合っているようだった。どうやら「このデブい日本人は何をほしがっているの?」というような事を話し合っているようだった。
しばらくすると奥の方からバリ島では珍しいでっぷりとしたおばちゃんが出てきて、そこそこ流ちょうな英語で「サラスヴァティの絵が欲しいの?」と僕に問いかけてきた。
以下は僕の怪しげにズタボロな英語と、おばちゃんの流ちょうな英語のやりとりである。
「そうダス。オラ、サラスヴァティっちゅう女神の絵が欲しいんダスね」
「ハガキじゃだめなの?」
「いんや、おみやげ(gift)にする気はねえんダスのこと」
「なににつかうの?もってかえって売るの?」
「バカこくでねえズラネ!オラの部屋に飾るのコトダス!」
「飾ってどうするの?」
「あんたそったらこといってまー…アレダスよ、絵に祈るアルネ(拝むという言葉がわからなかったのでprayをつかった)」
「あははは、あなたヒンズー教徒なの?」
「いんや違うダス。オラぁ仏教徒だどのコトネ」
「じゃあなんでサラスヴァティが欲しいの?あなた日本人よね?」
「そだあ、オラ日本人ダス。ほんで仏教徒ダス。んだがヨ、日本人は仏様(buddha)以外にも神様にもお参りするのコトネ。んでオラが国じゃあ、はー彼女…サラスヴァティはえらい有名な神様なんダス。ベリーフェイマスゴッデスのコトネ」
「そうなの?」
「んだ。彼女はオラが国じゃあ弁財天と呼ばれとるのコトネ。音楽と知識(knowledge)の神様なんダスよ」
「そうなの!バリ島ではサラスヴァティは学生の神様で、お祭りもあるのよ」
「おんやまあ!オラも学生だべさのコトネ!オラあ彼女が好きなんダスよ。そんだから彼女の絵が欲しいのことアルネ」
「よっぽど彼女が好きなのね(笑)、ちょっと待ってて」
と、多分こんな感じである。
ちなみにオーストラリアなどからの観光客も多いバリ島では、近年小学校3年生から英語教育が行われている。おまけに観光産業で成り立っている土地だから、大概の人が英語を話せるのだ。おそらくは多くの日本人よりも流ちょうに。そして少なくとも、当然のこと僕よりは流暢に、である。
さて、そんな通じているんだか通じていないんだかわからないような会話の後、しばらくしてバリ人おばちゃんが持ってきたのは20cm×80cmほどの大きさの2枚の絵だった。舞うサラスヴァティと、孔雀にのったサラスヴァティ。どちらも水彩の絵で、ちょっと変わった材質の紙に描かれていた。
僕は大喜びでその2枚を買い求めて、ありがとうありがとうと繰り返した。バリ人おばちゃんは大笑いしながら「ここで20年以上商売してるけど、こんな絵を欲しがったのはあなただけよ」と云い、それを聞いて僕も笑い、周りに集まっていたバリ人おばちゃんズも大笑いした。
帰国後、その絵の一枚は日本画を趣味にしている祖父に軸装してもらい、一枚はアクリル板に挟んで部屋に飾っておいた。しかし数年すると、アクリル板がヘタってしまい、間からずり落ちるようにして、僕の女神は傾いてしまった。
以来、僕の部屋には空のアクリル板だけが残って壁に吊してあるという、かなり寂しい状態になったままでいる。絵は別にしまってあるのだが、近いうちにそれを飾り直そうと思っている。今度は両面テープを貼って傾かないようにして。
バリ人おばちゃんとの会話にも出てきているがサラスヴァティとは、日本で云うところの七福神の弁財天のこと。関東では神奈川県藤沢市の江ノ島が有名だろう。どういうわけか嫉妬深い神様としても知られ、カップルでお参りに行こうモノなら、破局間違いなしともいわれ、逆縁結びの神様としても信仰されたりしている。
もともとはヒンドゥー教の神様であり、ブラフマーの妻で、ラクシュミー、ドゥルガとあわせてヒンドゥー教の三女神の一柱でもある。インドの弦楽器ヴィーナーを手にした姿から芸術と智慧の神とされているが、元はインダス川流域の文明を繁栄させた、今は失われた大河の名前でもあり、河の神様であった。
ちなみに、サラスヴァティはサラスワティとも発音する。僕が見知らぬ異国でつたない英語を駆使しながらも絵を探すほど、この女神の存在に傾倒したのはカクテルソフトのエロゲー『きゃんきゃんバニープルミエール/エクストラ』が原点であることは云うまでもない。ちなみにドラマCDのCVは椎名へきる。きゃるる〜ん☆なのだ。
(果てしなく台無し)
「鎌倉の江ノ島」とありましたが、文中訂正しました。JIMMYさんありがとうございました。
もう十年近く前になる。僕はインドネシアのバリ島にいた。2度目のバリ島へは姉弟だけで来ることになってしまい、僕は「ねーちゃん達は俺が守らねば!大体リゾートというのはイカレポンチだとかウカレポンチだとか、そういう浮ついた輩が多いし、そもそもバリ島も最近では治安があんまりノーグッドらしいアルネ!寄らば斬る!寄らなくても殴る!どっからでもダヴァイッ!」などと、日中露混ざった気合いの入れ方で、妙に気を張っていたことを覚えている。
以前にこの島を家族で訪れたときは、ツアープランに従って観光ルートをだらだらと移動したりするだけの旅行だったが、今回は違った。二つの土地に何泊かしながら自由に動き回り、自由に歩き回る事が出来るのだ。
姉らと別行動をしていれば、それは全くの自由な時間だった。なにしろ誰も僕を知らないし、当たり前の事ながら言葉も通じないのだから。
山間の村であるウブドは「芸術の村」なんて呼ばれている。リゾートというには少々無理があるこの村では相当山奥の宿に泊まることになっていた。移動手段はレンタルサイクルだけだ。だから僕は連日、当時からしても20年くらい前の日本の田舎を彷彿とさせるような風景の中を汗だくになりながら走り回った。
アップダウンの激しい道を自転車で走り回るのは面白かった。地図と光景を記憶にたたき込むだけのナビゲーション。わからなくなったらタクシーに自転車ごと乗せてもらってホテルの名前をいえばいいなんて、そんな楽観的な考え方でいた。今考えるとホテルの名前を伝えるだけの英語力にも乏しいくせに、若さ以外の何者でもない行動力だ。
田舎は田舎でも、さすがは「芸術の村」。中心部に向かうと、バティックと呼ばれる腰巻き用の布を扱う店やら銀細工の店やら、この島の魅力に取り憑かれた芸術家やら創作家やらのギャラリーがいくつもある。王宮では伝統舞踊の練習をしている少女達を見ることが出来たし、少年達はガムラン音楽の練習をしていた。
そんな中を自転車にまたがってウロチョロしては覗き見しつつ、喉が渇いたら現地のビンタンビールを煽る。観光客相手のタクシーの運転手などに「ドコイキマスカ?」と声をかけられれば、ホテルのお兄ちゃんに教えてもらった「ジャランジャラン(散歩だよ)」と笑って返す。それを聞いて向こうも笑う。半分小馬鹿にしているのかもしれないが、それでもまぁよかった。
そんなウブド滞在何日目かのこと。バリヒンドゥーという少々特殊な宗教を持つこの島には、ヒンドゥーの神様の絵が多くあることを知った。もちろんヒンドゥーの神様や伝説の場面をモチーフにした絵を扱っている芸術家もいるし、土産物のポストカードやポスターも売っている。
だけど僕が欲しかったのはそういう「芸術的価値」だのなんだのがあるものではなく、現地の人が祭壇に飾るような、そういう質素だが実のある絵だ。逆にいえば、そういう絵ならば、仮にプリントされたものだろうがなんでもよかった。
つたない英語でホテルの従業員のおねえさんに聞くと、なんでそんなものを欲しがるのか不思議がられたが、そういう絵は観光客用の土産物屋などには絶対に売っておらず、市場(パサールウブド)の中で扱っているとの話を聞いた。
それから僕は毎日パサールにいりびたった。線香や香の匂い、野菜や果物の匂い、そして人の汗のにおいや、布の匂い、書物の匂いなどが混ざった空間。
白い2階建て木造の建物は、観光客の日本人もいたが、それらは外周の観光客目当ての店ばかりで、内側の店や広場、奥深いところに行くと全くと言っていいほど姿を見なくなった。
奥に入れば入るほど、さまざまな匂いはますます強くなる。僕はなにか、どこか違う場所に迷い込んでしまったような感覚に襲われながら、「エクスキューズミードゥユハブピクチャーオブサラスヴァティ」と繰り返した。サラスヴァティ。それが僕の欲した神様の名前だった。
民族舞踊用の面や衣装などを扱っている店や、お参り用の香などをおいてある、いかにもそういう絵もありそうな店を覗きこんでは、同じセリフを繰り返す。表通りに面した店では、英語が堪能なおばちゃんらも多いのだが、奥に入れば入るほどお互いの言葉が怪しくなる。いや僕の英語はそもそもが怪しいのだが。
すると、そのうち僕の周りには何人ものバリ人おばちゃんが集まってきて、僕を囲んで口々に何かを話し合っているようだった。どうやら「このデブい日本人は何をほしがっているの?」というような事を話し合っているようだった。
しばらくすると奥の方からバリ島では珍しいでっぷりとしたおばちゃんが出てきて、そこそこ流ちょうな英語で「サラスヴァティの絵が欲しいの?」と僕に問いかけてきた。
以下は僕の怪しげにズタボロな英語と、おばちゃんの流ちょうな英語のやりとりである。
「そうダス。オラ、サラスヴァティっちゅう女神の絵が欲しいんダスね」
「ハガキじゃだめなの?」
「いんや、おみやげ(gift)にする気はねえんダスのこと」
「なににつかうの?もってかえって売るの?」
「バカこくでねえズラネ!オラの部屋に飾るのコトダス!」
「飾ってどうするの?」
「あんたそったらこといってまー…アレダスよ、絵に祈るアルネ(拝むという言葉がわからなかったのでprayをつかった)」
「あははは、あなたヒンズー教徒なの?」
「いんや違うダス。オラぁ仏教徒だどのコトネ」
「じゃあなんでサラスヴァティが欲しいの?あなた日本人よね?」
「そだあ、オラ日本人ダス。ほんで仏教徒ダス。んだがヨ、日本人は仏様(buddha)以外にも神様にもお参りするのコトネ。んでオラが国じゃあ、はー彼女…サラスヴァティはえらい有名な神様なんダス。ベリーフェイマスゴッデスのコトネ」
「そうなの?」
「んだ。彼女はオラが国じゃあ弁財天と呼ばれとるのコトネ。音楽と知識(knowledge)の神様なんダスよ」
「そうなの!バリ島ではサラスヴァティは学生の神様で、お祭りもあるのよ」
「おんやまあ!オラも学生だべさのコトネ!オラあ彼女が好きなんダスよ。そんだから彼女の絵が欲しいのことアルネ」
「よっぽど彼女が好きなのね(笑)、ちょっと待ってて」
と、多分こんな感じである。
ちなみにオーストラリアなどからの観光客も多いバリ島では、近年小学校3年生から英語教育が行われている。おまけに観光産業で成り立っている土地だから、大概の人が英語を話せるのだ。おそらくは多くの日本人よりも流ちょうに。そして少なくとも、当然のこと僕よりは流暢に、である。
さて、そんな通じているんだか通じていないんだかわからないような会話の後、しばらくしてバリ人おばちゃんが持ってきたのは20cm×80cmほどの大きさの2枚の絵だった。舞うサラスヴァティと、孔雀にのったサラスヴァティ。どちらも水彩の絵で、ちょっと変わった材質の紙に描かれていた。
僕は大喜びでその2枚を買い求めて、ありがとうありがとうと繰り返した。バリ人おばちゃんは大笑いしながら「ここで20年以上商売してるけど、こんな絵を欲しがったのはあなただけよ」と云い、それを聞いて僕も笑い、周りに集まっていたバリ人おばちゃんズも大笑いした。
帰国後、その絵の一枚は日本画を趣味にしている祖父に軸装してもらい、一枚はアクリル板に挟んで部屋に飾っておいた。しかし数年すると、アクリル板がヘタってしまい、間からずり落ちるようにして、僕の女神は傾いてしまった。
以来、僕の部屋には空のアクリル板だけが残って壁に吊してあるという、かなり寂しい状態になったままでいる。絵は別にしまってあるのだが、近いうちにそれを飾り直そうと思っている。今度は両面テープを貼って傾かないようにして。
バリ人おばちゃんとの会話にも出てきているがサラスヴァティとは、日本で云うところの七福神の弁財天のこと。関東では神奈川県藤沢市の江ノ島が有名だろう。どういうわけか嫉妬深い神様としても知られ、カップルでお参りに行こうモノなら、破局間違いなしともいわれ、逆縁結びの神様としても信仰されたりしている。
もともとはヒンドゥー教の神様であり、ブラフマーの妻で、ラクシュミー、ドゥルガとあわせてヒンドゥー教の三女神の一柱でもある。インドの弦楽器ヴィーナーを手にした姿から芸術と智慧の神とされているが、元はインダス川流域の文明を繁栄させた、今は失われた大河の名前でもあり、河の神様であった。
ちなみに、サラスヴァティはサラスワティとも発音する。僕が見知らぬ異国でつたない英語を駆使しながらも絵を探すほど、この女神の存在に傾倒したのはカクテルソフトのエロゲー『きゃんきゃんバニープルミエール/エクストラ』が原点であることは云うまでもない。ちなみにドラマCDのCVは椎名へきる。きゃるる〜ん☆なのだ。
「鎌倉の江ノ島」とありましたが、文中訂正しました。JIMMYさんありがとうございました。