|
■ 僕と僕の足の角質との確執。 -3-
−前回までのあらすじ−
「なに?!クマが里に下りてきただと?!」 報せを受けたのは東京都世田谷区の飯田剛蔵さん(89)。米寿を過ぎてなお血気盛んな伝説のマタギです。全国の猟友会では生き神として敬われているほどのクマ狩りの名手のもとに届いた報は、足を痛めて凶暴化したクマが里を彷徨いているという目撃情報でした。勇んで出動した飯田さんでしたが、ついうっかり、どこのエリアにどんなクマが出たのかを詳しく聞き取るのを忘れてしまい、さまざまなクマに巡り会うことになってしまいます。このあたり、さすがの伝説のマタギとはいえ長寿の弊害が出ているのかもしれません。銀座の東西新聞本社ビルではタイのサクンタラ・クマラシンゲさんに出会い「タイ米は美味しいんです!」と詰め寄られ、どこぞの学校では世界史教諭の熊先生に出会って「俺には工藤っつう名前があるんだぞ! 布団を敷こう。な!」と危うくアブナい世界にフラフラとついて行ってしまいそうになったりします。一方その頃。カカトの角質が大変なことになり、ひび割れが肉にまで達して流血し、痛みのあまり発狂寸前になったクマは、無事にフットケア専門店に辿り着いて、すっかりリラックスしていました。「ウーフ。酸素と足湯がキモチいいなあ。クマクマ(喜)」 そんなクマのもとにフットケア職人のおねえさんが、そっと近寄ってきてささやきます。「お待たせいたしました。それじゃはじめさせていただきますね」 さあ、これからはじまるのは目眩く大人ワールド。お金を払わなければ味わう事の出来ないファンタジック&ドラマチックな快楽の世界。ご家族で観ている人は、ちょっと気まずくなるかも? お父さん、わざとらしく新聞を広げる準備はOK? お母さん、「タケシ、早く寝なさい!」と意味もなく叱る準備はOK? そこのボウヤ、キミにもいつかそんな気まずい瞬間がわかるときがくるよ! おっと、講釈が過ぎたようだね。それじゃチャンネルはそのまま! ステイチューン! ――――――――――――――― 「お待たせいたしました。それではこれから角質落としと、足のオイルリフレクソロジーをはじめさせていただきますね」
足下にかしづかれた気配から、そんなササヤキボイスが聞こえました。気配、というのも、僕は安楽椅子に腰掛けて酸素チューブを鼻に着けた状態で足湯をつかわせてもらっていたのですが、この椅子は当然の如くリクライニング機能がついていまして、それを思い切り倒してもらっていたんです。
つまり座っているというよりは、ほぼ仰向け状態。そんな状態で少し膝を曲げたくらいの高さで足湯につかっているわけですから、僕の視線から声の方向に見えるのは自分の腹。その絶望という名前の山頂(ピーク)か、「ミシュランマン」という通り名を持つ巨大な二段腹の分水嶺近辺までしか見えないのです。
そんな状態ですから、腹筋と首周りの筋肉を駆使して頭を起こして腹の向こうを覗き込み「はい、よろしくお願いします」なんていったのですが、先ほどまでのリラックスムードはどこへやら、腹筋の緊張とともに、これから何をされるんだという緊張感が高まってきてしまいました。
なにしろ僕は自分で誰かをマッサージすることはあっても、自分がマッサージされる、しかもお金を払ってそういうことをしてもらうということは初めてなんです。唯一例外があるとすれば、床屋さんでやってもらうフィニッシュのマッサージくらいです。
つまり文字通りの初体験。しかも限りなく下半身方面、むしろ下半身の最先端での初体験です。それで緊張するなという方が無理というもの。そもそも脚はおろか足なんて他人に触らせるようなものではありませんし、触ってもらっても、その、なんだ、くすぐったいとかアレだとか、そんなものです。
ましてや僕は無類のくすぐったがり。まだ幼い頃、面白がった姉二人に、よってたかってくすぐられて、呼吸困難でお花畑が見えるような経験までしています。まぁ別にここでそんな悲惨な目に遭うことはないわけですが、それとは別に問題があります。
というのも、くすぐられた時の人間はその反射行動で予期せぬ動きをします。脇の下や脇腹をつつかれて、反射的に脇を締める動きをして、そのつついた相手の腕に強烈な打ち下ろしの肘打ちを入れてしまった人は決して少なくないはず。また足の裏をくすぐられていて、くすぐっている相手に思わずマジ蹴りを入れてしまった人も少なくはないはずです。
反射行動ですから、これらの攻撃(?)は不可抗力です。不可抗力である上に加減が効きません。加減が効かないから喰らった相手はダメージを負いますし、「なんだよちょっとふざけただけなのにマジ蹴り喰らわすか普通」と、先ほどまでのはしゃいでジャレあった空気が、どっよーんとすることもしばしばだと思われます。
通常脚の力は腕の力の三倍といいますから、例えば女性の脚をくすぐって蹴りが飛んできた場合でも、相応のダメージを受ける危険性があります。それが男性の脚、ましてや僕の丸太のようなクマ脚だったらどうでしょうか。
いや、考えるまでもなく人死にが出ます。そんなわけで、筋力がついてからは、くすぐられたりしそうになると「くすぐられた時の反射行動で人死にが出るかも知れないから止めて」と警告する事にしているのです。
では今回の場合はどうでしょうか。
「それでは失礼します。オイルつけますねー(ぺとぺとぺと)」
「ぶひゃふひゃひゃひゃひゃひゃ!こしょいってば!(どーん←反射的に脚伸ばす)」
「はぶらっ!!(香港映画ふっとび)」
割とシャレになりません。しかしながら「あ、文字通り蹴り飛ばして面白いことになってしまうかもしれないので、くすぐったくしないで下さい」とは、たとえジョーク混じりでも、簡単に云えるセリフではありません。
ああ、そんなにされたら、おねえさん(クマ脚に蹴り飛ばされて)飛んでっちゃう――そんな別の意味でイケナイ妄想をしながらも、鼻に差し込んだ酸素チューブのアロマな効能か、単純に何も考えていなかったのか、僕はあっさり「はい、よろしくお願いします」と告げてしまったのです。
返事を待っていたかのように、おねえさんは僕の隣りに来ると「少し起こしますね」とリクライニングを調整して快適な角度に戻し、僕の脚を一本ずつ足湯からそっと取り出しては、バスタオルで丁寧に、しかしそれでいて素早くお湯を拭き取ります。
それからササっとフットレストシートを設置して、膝から下を載せました。あれよあれよという間に長座姿勢です。しかも「膝辛くないですか?」と優しく聞いたりするのです。
――ヤバい、テクニシャンだ。
なにがヤバいのか、なんのテクニシャンなのかよくわかりませんが、頭のどこかで僕はそんなことを考えていました。
<んで、長くなってきたので続きます>
|
|