【 2005年10月20日-00:25 のつぶやき 】
■ 母の抽斗。
言葉の抽斗。
最近そんなことを考える様になっています。「抽斗」は「ひきだし」と読みます。これ自体が既に言葉の抽斗ですな(笑)。
簡単に云ってしまえば、多分「ボキャブラリー」ということになるのかもしれませんが、それともちょっとニュアンスが違う様な気がするんですよね。
例えばボキャブラリーというのは表現の多様性に必要なものであって、同じ事を表す言葉の様々な種類を持っているということになるわけです。で、僕の考えている「言葉の抽斗」はちょっと違うんですよね。
どう違うかといいますと、「ボキャブラリー」は普遍的かつ「現在」でも通用する表現であり語彙ですが、「言葉の抽斗」の場合は、古くてもう着なくなった和服や、タンスの肥やしとなっている服、そして一度袖を通しただけの勝負服など、それこそ箪笥の抽斗に収まっているモノの様に、それこそ時代から洋の東西まで、とりどりの言葉達が入っていると思うのです。
場合によっては、仕舞った本人が忘れているモノもあるかもしれないわけですよね。ですから喩えるならば、ボキャブラリーは整理された書棚であり、言葉の抽斗はそれこそ衣装箪笥の抽斗といったところでしょうか。
で、先日のことです。母上と会話している最中に、あまりにもバカな事を連発している僕に、母上が、それはそれはきっぱりと云いました。
「あんたクルクルパーでしょ」
うわー!なんだそれ!クルクルパーですってよ、クルクルパー!小学校低学年以来、二十年ぶりっくらいに聞きましたよ!昔よくやったしやられたなー!こう人差し指でくるくるっとやって、指を広げてパー作るヤツ!うわー!
と、こんな感じで罵倒されたにも関わらず、大喜びしていたら、追加攻撃を喰らいまして、今度はまじまじと見つめられて「バカ」とズバリ一言云われてしまいました。
その一言は、ぐうの音も出ないくらいの斬れ味で、云われた側としては、すごすごと大人しく退散するしかなかったわけで…。
とりあえず母上の言葉抽斗には
忘れられた死語と斬れ味鋭い匕首が
しまってあることはわかりました。
(ちなみに先日はアンポンタンと云われました…母すげえ…)
最近そんなことを考える様になっています。「抽斗」は「ひきだし」と読みます。これ自体が既に言葉の抽斗ですな(笑)。
簡単に云ってしまえば、多分「ボキャブラリー」ということになるのかもしれませんが、それともちょっとニュアンスが違う様な気がするんですよね。
例えばボキャブラリーというのは表現の多様性に必要なものであって、同じ事を表す言葉の様々な種類を持っているということになるわけです。で、僕の考えている「言葉の抽斗」はちょっと違うんですよね。
どう違うかといいますと、「ボキャブラリー」は普遍的かつ「現在」でも通用する表現であり語彙ですが、「言葉の抽斗」の場合は、古くてもう着なくなった和服や、タンスの肥やしとなっている服、そして一度袖を通しただけの勝負服など、それこそ箪笥の抽斗に収まっているモノの様に、それこそ時代から洋の東西まで、とりどりの言葉達が入っていると思うのです。
場合によっては、仕舞った本人が忘れているモノもあるかもしれないわけですよね。ですから喩えるならば、ボキャブラリーは整理された書棚であり、言葉の抽斗はそれこそ衣装箪笥の抽斗といったところでしょうか。
で、先日のことです。母上と会話している最中に、あまりにもバカな事を連発している僕に、母上が、それはそれはきっぱりと云いました。
うわー!なんだそれ!クルクルパーですってよ、クルクルパー!小学校低学年以来、二十年ぶりっくらいに聞きましたよ!昔よくやったしやられたなー!こう人差し指でくるくるっとやって、指を広げてパー作るヤツ!うわー!
と、こんな感じで罵倒されたにも関わらず、大喜びしていたら、追加攻撃を喰らいまして、今度はまじまじと見つめられて「バカ」とズバリ一言云われてしまいました。
その一言は、ぐうの音も出ないくらいの斬れ味で、云われた側としては、すごすごと大人しく退散するしかなかったわけで…。
忘れられた死語と斬れ味鋭い匕首が
しまってあることはわかりました。
(ちなみに先日はアンポンタンと云われました…母すげえ…)