■ 裸一貫出直して「AOコーナー」から!

かつて「地上最強の人材派遣会社」と呼ばれたプロレス団体がありました。

その名を「格闘探偵団バトラーツ」。新日本→UWFという流れをくむ「U系団体」の一つで、第二次UWFが分派した、組長こと藤原喜明主催の「藤原組」の最後の弟子達が、諸般の事情で起こした団体です。

とはいうものの若手ばかりの集団です。技術がない、身体がない、ネームバリューがない。そんなないない尽くしの中で、彼らが選んだ答えは「身体を張ること」でした。


プロレスは単なる格闘技というだけではなく、スペクテイタースポーツとしての側面を持ちます。そしてその性質からも、打撃技や投げ技などは「試合を組み立てる為」に、急所を狙って全力でぶち込むようなフルコンタクトを避ける傾向があるわけです。

しかしバトラーツは違いました。顔面を、背中を、頭部・後頭部を、ボコボコにするまで殴り合い、そして蹴り合いました。関節技を極める時も隙あらば折る気・絞め落とす気でやりました。

それまでのU系団体であれば、レフェリーが止めるであろうシーン。KOで決まってしまうであろうシーンであっても、決して試合は止まりません。

リング上からは肉を打ち、骨がぶつかるゴツゴツバチバチとした生々しい衝撃音がはじけ飛び、確実に客席に伝わります。そして専門誌やファンの間からは「バチバチ」なる新しいスタイルとして評価を受け、また人気を博していったわけです。

いつしか彼らにとっては「それしかそうせざるを得なかった」スタイルでしかなかった「バチバチ」スタイルは、「彼らにしか出来ない」スタイルへと進化していきました。

その人気の急上昇っぷりたるや、無名の若手集団が両国国技館で興行を打てる様になるほど。しかもグレッグ・バレンタイン、ボブ・バックランド、そしてロードウォリアーズなどの有名外国人を招聘したビッグマッチです。無名の若手達の団体が、そんな興行を出来る様になるとは、本人達も考えていなかったと思います。


団体としての興行だけではなく、各団体へ進んで参戦。タッグリーグなどの試合にも参加し、独自のスタイルで話題を振りまきました。その結果が「地上最強の人材派遣会社」というニックネームに辿り着いたわけです。

また当時話題性を持ち始め、プロレスラーが挑んでは敗北を重ねていた総合格闘技「ヴァーリ・トゥード(なんでもあり)」にも、バトラーツは選手を派遣しました。出場したのはバトラーツ所属選手の中でも、トップに近いところにいたアレクサンダー大塚選手。

打撃と関節技が中心のバトラーツスタイルの中にあって、レガースを着けずキックを使わない珍しい選手でした。試合ではアマレス出身であることを最大限に活かし、素早いタックルとグラウンドコントロールを主武器とし、3カウントフォールのないルールですので「KOする為のスープレックス」をフィニッシュとしていました。

スキンヘッドにツーショルダータイツ&レスリングシューズという出で立ちと、彼のリングネームはロシアのアマレス最強王者「ゴリラより強い」と謳われていた、アレクサンダー・カレリンにあやかったもの。そんな選手だったわけです。


対戦相手はマルコ・ファス。当時から最強の名を欲しいままにしていたヒクソン・グレイシーと同じくらい強い、また路上での戦いならば400戦以上無敗(当時のヒクソンのキャッチは400戦無敗だった)であるといわれていた選手です。

アレクはプロレス界ではそこそこ名が売れ始めていたとはいえ、それでも全体から見ればまだまだ無名の若手。対する相手はアメリカの元祖「なんでもあり」の大会UFCで活躍する「路上の帝王」です。つまりは誰も期待していなかったカードだったわけです。

しかしながらこの試合は大番狂わせがおきました。1Rは攻め込まれるも、2Rは積極的に打撃を繰り出し、最終的にアレクは戦意喪失勝ちするというとんでもない結果を出したのです。


一躍時の人となったアレクサンダー大塚選手。もちろんプロレスマスコミ以外のメディアでも取り上げられる様になります。そして、そのスキンヘッドでアマレスツーショルダーに鍛え上げた肉体美という姿が、実にその、なんといいますか、別の意味でも玄人受けしまして。ぶっちゃけると2丁目界隈での人気者にもなっていったんです。

で、その人気に応えてか、僕とは何かと縁深い「薔薇族」のグラビアに登場したこともあったりしたんです。とはいっても半裸止まりでして、もちろんフルヌードではありません。

まぁ、それもまたえらい人気だったらしく、「路上の帝王」に殴り勝ちしたと思えば、男女混合ミクストマッチではパーマンのメイクとコスチュームで鉄柱越えのトペコンヒーロを決めてみたり、ゲイ雑誌のグラビアも飾るということで、様々な側面から、えらい話題になったわけです。


ですが、その後バトラーツは諸般の事情とか、プロレスファンを裏切る様なアレがあったりして、当時のメンバーは散り散りになり、最終的には社長の石川雄規一人を残して事実上の解散。選手も散り散りとなって、各団体に散らばっていったわけです。

そんな中でアレクは、その後、一躍名を挙げたPRIDEに専念。ですが、結果を出さなければ評価が上がらない世界で、まるで実績を残せず、たまに上がるプロレスのリングでも大した活躍を残せず、と宙ぶらりんというか相当駄目なポジションにいってしまっていたんです。

昨年はZERO-ONE MAX(当時ZERO-ONE)の火祭りリーグ戦に参戦したのですが、プロレスマットからしばらく離れていたこともあってかパッとした活躍もなく、本当に最近じゃ名前も聞かない、というような感じだったんです。

初代タイガーマスクこと佐山サトルが旗揚げした真日本プロレスや、上井のBIG MOUTH LOUDのリングに呼ばれて上がっても、新しいファンからすれば「あれ誰?」状態。


ところが、そんなアレクサンダー大塚選手が、唐突にとある団体のマットに登場したんです。大物選手「X」として。

前フリは、みちのくプロレスで毎年開催されているタッグリーグ(今年はトーナメント)「みちのく二人旅」の大間まぐ狼選手のパートナーとして「スキンヘッドの超大物選手をパートナーとして呼ぶ」という言葉でした。

そして大会開催。スキンヘッドのプロレスラーは決して少なくないので、一体誰が出てくるのかと思っていたところに登場したのがアレクだったわけです。発表されたリングネームは「男盛(おとこさかり)」


赤の越中ふんどしを着用し、尻を全開にして戦うフンドシファイター大間まぐ狼のパートナーだけあって、男盛も勿論ふんどし姿でした。それも越中ではなく、わりふんでもなく、六尺ふんどし(どういうのかわからないよい子のみんなはググろうね)。それを限界MAXまで食い込ませての参戦です。

ぶっちゃけ、ぶっちゃ毛そうになっているほどの食い込みMAXです。驚きです。肉体美を惜しげもなく披露です。そして試合中では、敵もフンドシのリア部分を掴んで引っ張り上げて食い込ませたりとナイスな攻撃を見せます。

男盛りも「おい食い込んでるよ。反則だよ反則」と、つま先立ちになりながらアピールしてみたり、渦潮ジャイアントスイングで振り回した相手の頭部を大間が尻で受けたりと、なかなかの活躍ぶり。


「みちのく二人旅」の結果は準決勝敗退となってしまいましたが、「マルコ・ファスを破った」という遺産で戦い続けるも、全く結果を出せなかった総合格闘技から身を引いて、プロレスに復帰しようとするも、なんかいまいち吹っ切れていなかったアレクが、みちのくプロレスの「楽しいプロレス」に染まっている姿は、実に嬉しいものでした。

総合格闘技とプロレスの間で宙ぶらりんだったアレクが、ここに来て「薔薇族のグラビアを飾った」という別の意味での過去の遺産を限界にまで押し出した様なファイトスタイルでの復活。彼に必要だったのは、こうした開き直りだったのではないかなぁと思ったりしたわけです。


僕にとってアレクは嫌いなレスラーではないですし、バトラーツ時代の「KO率100%」のドラゴンスープレックスや、両国でのラブウォリアーズなど、色々楽しませてくれた、大好きなレスラーの一人です。そんな彼がプロレスに本格復帰してくれるならば、こんなに嬉しいことはありません。

おそらく「男盛」というリングネームと、ファイトスタイルは、今回の「みちのく二人旅」限定のキャラクターになるとは思います。ですが、そもそも「総合格闘技から薔薇族まで」という「振り幅」こそが彼の魅力。ここからまた新しいスタートになれば、と、力いっぱいエールを送りたいと思う次第です。




(ベースボールマガジン社刊 週刊プロレス No.1285 107頁より引用)



頑張れアレク!!負けるなアレク!!
二丁目からもラブコールが沢山来ているぞ!

(ちなみにアレクはノンケで奥さんも娘もいます(笑)。僕もノンケですよ?

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