【 2006年02月03日-13:42 のつぶやき 】
■ ハンバーグ。
子どもの頃からハンバーグが好きだった。
いや、子どもはみんなハンバーグが大好きだろう。よく考えると子どもの苦手なものの代表選手でもあるタマネギが入っているわけで、そう考えると不思議なのだが、それでもハンバーグは日本の子ども達にとっては大好物の筆頭にあがるものだ。
ちなみにアメリカではハンバーグステーキなるものは存在すらあまりしないものらしい。彼らにしてみればハンバーガーのパテだけ食べるというようなものなのだろう。
作り方は簡単。タマネギをおろすかみじん切りにするかして大体丸々一個使う。それをフライパンで炒め塩こしょうで軽く味付け。きつね色になるまで炒めたらボウルに移して粗熱をとる。
挽肉は牛肉と豚肉の合い挽き。もしくは自分であわせてもいいし、どちらか単体でもいい。肉汁が出る配合を考えると豚挽きを少し多めの4:6か3:7っくらいにするといい。これを大体タマネギ一個に対して500g程度かな。まぁ割合は好みなのだけれども、よく混ぜ合わせる。
つなぎには全卵を一個と、極薄切りの食パン一枚分くらいをすりつぶしたパン粉。パン粉の量は、まぁ好みでといったところ。多すぎると味がぼやけてしまうので注意。これもよく混ぜ合わせて粘りがでるまで、よくこねる。塩こしょうで少し味付けをして、ナツメグやらオールスパイスなんかを隠し味で少々。これでタネの完成。
油をしいたフライパンを強火にしてよくよく熱しておいて、形を整えたハンバーグを投入して中火に。この時ハンバーグの上下面の真ん中は少し凹ませておくと焼き上がりが平らになる。縮んでふくらむからね。片面が焼けたらひっくり返して弱火にして蓋をする。肉汁はたっぷり出ているので周りに飛び散りまくらないように、あと蒸し焼きの効果で中までしっかり火を通すための配慮。
焼き上がりは菜箸やくしで焼けた表面をさして、透明な肉汁が出てくればOK。ハンバーグを皿に盛りつけて、今度は手早くソース作りだ。我が家の定番ソースは非常に簡単なモノで、フライパンに残った肉汁と油を使う。油の量が多ければ少しキッチンペーパーに吸わせて、そのまま強火にする。
すぐに汁が沸騰を始めるので、そこにケチャップと中濃ソースを同量程度いれる。隠し味にマスタードを入れてもいい。あとは木べらでひたすら混ぜて一煮立ちさせればOK。肉汁の旨味とスパイスの香りが嬉しいハンバーグソースの出来上がりというわけだ。
これが僕の家に伝わる「おふくろの味」のハンバーグ。いわば宮本家の味でもある。もちろんこれだけじゃなくて、大根おろしにポン酢醤油なんていう和風で食べることもあれば、市販のデミグラスソースでシメジを軽く煮込んでキノコソースにして食べることもある。
でも定番といえばやっぱりこのケチャップ&ソース。だから「ハンバーグ」といえば、僕はあの肉汁の旨味とタマネギの甘みも入った甘酸っぱいソースの匂いを思い出すのだ。
そしてもう一つ。忘れられないハンバーグの味がある。それは何度も名前が出てきているが、池袋北口にあった『Sure』というBARのメニューがそれだ。レストランBARなのでフードも充実している店ではあるのだが、マスターが一人で切り盛りしていることもあって、実質裏メニュー的な存在だった。
だけど何年か前の冬に『Sure』に行ったときのこと、疲れてへとへとでお腹も空いていた僕は、何杯か飲んだ後でマスターに「なにかおなかがふくれるようなものありますか?」と聞き、そこで勧められたのがハンバーグだった。
正直BARとしてのクオリティは存分に認めていたものの、BARでハンバーグだなんて聞いたことがない。インスタントとか出てくるんじゃないだろうなぁと思った僕の前に差し出されたのは、熱々に焼けた鉄板の上に載せられたハンバーグと温野菜。そしてジュウジュウと音を立てて、最高に食欲を刺激する香りを放つ和風のソースだった。
一口食べて僕はすっかりやられてしまった。なんて美味いんだろうと呆然としてしまったくらいだ。たっぷり肉汁の出るハンバーグにぴったりと合うソース。その味は醤油ベースの和風のおろしソースではあったけれど、実に様々な要素が絡み合った複雑な味で、僕は夢中になって食べた。
それを見た仲間達は次々とオーダーをしようとしたが、今日はもう一人分しかないんですよとマスターが苦笑すると皆が一口一口と求めはじめて、僕の皿はあっという間に空になってしまった。
それからというもの僕の周りでは『Sure』のハンバーグはちょっとしたブームになった。マスターが一人で切り盛りしているわけで、料理に入ってしまうとバーテンダーとしての役目が果たせなくなる。それに香りの強いソースだったから、他のお客さんに迷惑になるかもしれない。
そんなことを考えて開店直後に飛び込んで、開口一番でギネスとハンバーグをオーダーしてみたり、終電も無くなって飲み明かし体勢に入り、他にお客さんもいなくなったところで、おそるおそるとオーダーをしてみたりということを繰り返したりしていた。
そんな『Sure』も残念な事に12月末日で閉店となってしまった。赤字がかさんで潰れたとかそういうわけではなく、マスター自身が足かけ15年のバーテンダーとしての人生を卒業するという理由だったから、止めようもなかった。
随分と仲良くしてくれるようになってはいたけれど、閉店するという話になったときに、マスターが自分の家庭の事や仕事の事などを話すのを初めて聞いた僕は、自分の舞台であるBARで私人としての顔を見せたマスターの固い覚悟に何も云えなくなってしまった。
最終日までの何日間は、それこそ『Sure』に通い続けた。飲んでは想い出を語り、飲んではこれからを語り、最終日にはフードは出せないという事だったので、最後にあのハンバーグを食べることも出来た。その時の事だ、僕はおそるおそるマスターにたずねてみた「マスター、このソースの作り方教えてくれませんか?」と。
実はそれまでに何度も色々な素材で試してみたのだが「似た味」にはなっても「同じ味」にはならなかったのだ。素人ながら料理の腕にはそこそこ自信があったし、味をコピーするのは得意なはずだったのだが、このソースは再現出来なかったのだ。
しかし本来なら相手が素人であれ、オリジナルのレシピを教えるなんて事は出来ないだろうし、するべきではない。僕は「味」は「盗む」べきものだと思っているから、こんなことを聞くのは泥棒が正面切って家に入るようなものだ。聞かれた方も教えるわけにはいかないだろうし、かといって相手は客だからと気まずくもなるだろう。
でもこの店はもう無くなってしまう。大好きだったハンバーグが食べられなくなってしまう。だからせめてと思い、思い切って聞いてみることにしたのだ。そんな事情も話すと、マスターは快くレシピを教えてくれた。それは目から鱗の落ちるような配合と工夫で、なるほどそれであの味になるのかと納得した。同時にマスターがどれだけ本気で研究して出してくれていたものなのかも。
最終日。僕らは最後の最後まで店に残り続け、マスターと記念写真をとったり、最後の挨拶をしたりしながら存分に楽しんだ。ある友人はずっと気に入って飲み続けていた酒のボトルを、ある友人はグラスを、ある友人はソムリエエプロンを。それはまるで『Sure』から、形見分けをしてもらっているかのような風景だった。みんなこの場所とマスターが大好きだった。
僕は僕で、最初に出会った目標とすべきダーツプレイヤーであったマスターと最後に勝負をしてもらい、マスターが使っていたオリジナルのバレルをプレゼントしてもらった。そしてもう一つがハンバーグのレシピ。
フードメニューに記載されていた銘は『シュール風ハンバーグ』。今はもうない、僕らの大好きだった場所の名を冠したこのレシピを、僕は一生大事にしていこうと思っている。
いや、子どもはみんなハンバーグが大好きだろう。よく考えると子どもの苦手なものの代表選手でもあるタマネギが入っているわけで、そう考えると不思議なのだが、それでもハンバーグは日本の子ども達にとっては大好物の筆頭にあがるものだ。
ちなみにアメリカではハンバーグステーキなるものは存在すらあまりしないものらしい。彼らにしてみればハンバーガーのパテだけ食べるというようなものなのだろう。
作り方は簡単。タマネギをおろすかみじん切りにするかして大体丸々一個使う。それをフライパンで炒め塩こしょうで軽く味付け。きつね色になるまで炒めたらボウルに移して粗熱をとる。
挽肉は牛肉と豚肉の合い挽き。もしくは自分であわせてもいいし、どちらか単体でもいい。肉汁が出る配合を考えると豚挽きを少し多めの4:6か3:7っくらいにするといい。これを大体タマネギ一個に対して500g程度かな。まぁ割合は好みなのだけれども、よく混ぜ合わせる。
つなぎには全卵を一個と、極薄切りの食パン一枚分くらいをすりつぶしたパン粉。パン粉の量は、まぁ好みでといったところ。多すぎると味がぼやけてしまうので注意。これもよく混ぜ合わせて粘りがでるまで、よくこねる。塩こしょうで少し味付けをして、ナツメグやらオールスパイスなんかを隠し味で少々。これでタネの完成。
油をしいたフライパンを強火にしてよくよく熱しておいて、形を整えたハンバーグを投入して中火に。この時ハンバーグの上下面の真ん中は少し凹ませておくと焼き上がりが平らになる。縮んでふくらむからね。片面が焼けたらひっくり返して弱火にして蓋をする。肉汁はたっぷり出ているので周りに飛び散りまくらないように、あと蒸し焼きの効果で中までしっかり火を通すための配慮。
焼き上がりは菜箸やくしで焼けた表面をさして、透明な肉汁が出てくればOK。ハンバーグを皿に盛りつけて、今度は手早くソース作りだ。我が家の定番ソースは非常に簡単なモノで、フライパンに残った肉汁と油を使う。油の量が多ければ少しキッチンペーパーに吸わせて、そのまま強火にする。
すぐに汁が沸騰を始めるので、そこにケチャップと中濃ソースを同量程度いれる。隠し味にマスタードを入れてもいい。あとは木べらでひたすら混ぜて一煮立ちさせればOK。肉汁の旨味とスパイスの香りが嬉しいハンバーグソースの出来上がりというわけだ。
これが僕の家に伝わる「おふくろの味」のハンバーグ。いわば宮本家の味でもある。もちろんこれだけじゃなくて、大根おろしにポン酢醤油なんていう和風で食べることもあれば、市販のデミグラスソースでシメジを軽く煮込んでキノコソースにして食べることもある。
でも定番といえばやっぱりこのケチャップ&ソース。だから「ハンバーグ」といえば、僕はあの肉汁の旨味とタマネギの甘みも入った甘酸っぱいソースの匂いを思い出すのだ。
そしてもう一つ。忘れられないハンバーグの味がある。それは何度も名前が出てきているが、池袋北口にあった『Sure』というBARのメニューがそれだ。レストランBARなのでフードも充実している店ではあるのだが、マスターが一人で切り盛りしていることもあって、実質裏メニュー的な存在だった。
だけど何年か前の冬に『Sure』に行ったときのこと、疲れてへとへとでお腹も空いていた僕は、何杯か飲んだ後でマスターに「なにかおなかがふくれるようなものありますか?」と聞き、そこで勧められたのがハンバーグだった。
正直BARとしてのクオリティは存分に認めていたものの、BARでハンバーグだなんて聞いたことがない。インスタントとか出てくるんじゃないだろうなぁと思った僕の前に差し出されたのは、熱々に焼けた鉄板の上に載せられたハンバーグと温野菜。そしてジュウジュウと音を立てて、最高に食欲を刺激する香りを放つ和風のソースだった。
一口食べて僕はすっかりやられてしまった。なんて美味いんだろうと呆然としてしまったくらいだ。たっぷり肉汁の出るハンバーグにぴったりと合うソース。その味は醤油ベースの和風のおろしソースではあったけれど、実に様々な要素が絡み合った複雑な味で、僕は夢中になって食べた。
それを見た仲間達は次々とオーダーをしようとしたが、今日はもう一人分しかないんですよとマスターが苦笑すると皆が一口一口と求めはじめて、僕の皿はあっという間に空になってしまった。
それからというもの僕の周りでは『Sure』のハンバーグはちょっとしたブームになった。マスターが一人で切り盛りしているわけで、料理に入ってしまうとバーテンダーとしての役目が果たせなくなる。それに香りの強いソースだったから、他のお客さんに迷惑になるかもしれない。
そんなことを考えて開店直後に飛び込んで、開口一番でギネスとハンバーグをオーダーしてみたり、終電も無くなって飲み明かし体勢に入り、他にお客さんもいなくなったところで、おそるおそるとオーダーをしてみたりということを繰り返したりしていた。
そんな『Sure』も残念な事に12月末日で閉店となってしまった。赤字がかさんで潰れたとかそういうわけではなく、マスター自身が足かけ15年のバーテンダーとしての人生を卒業するという理由だったから、止めようもなかった。
随分と仲良くしてくれるようになってはいたけれど、閉店するという話になったときに、マスターが自分の家庭の事や仕事の事などを話すのを初めて聞いた僕は、自分の舞台であるBARで私人としての顔を見せたマスターの固い覚悟に何も云えなくなってしまった。
最終日までの何日間は、それこそ『Sure』に通い続けた。飲んでは想い出を語り、飲んではこれからを語り、最終日にはフードは出せないという事だったので、最後にあのハンバーグを食べることも出来た。その時の事だ、僕はおそるおそるマスターにたずねてみた「マスター、このソースの作り方教えてくれませんか?」と。
実はそれまでに何度も色々な素材で試してみたのだが「似た味」にはなっても「同じ味」にはならなかったのだ。素人ながら料理の腕にはそこそこ自信があったし、味をコピーするのは得意なはずだったのだが、このソースは再現出来なかったのだ。
しかし本来なら相手が素人であれ、オリジナルのレシピを教えるなんて事は出来ないだろうし、するべきではない。僕は「味」は「盗む」べきものだと思っているから、こんなことを聞くのは泥棒が正面切って家に入るようなものだ。聞かれた方も教えるわけにはいかないだろうし、かといって相手は客だからと気まずくもなるだろう。
でもこの店はもう無くなってしまう。大好きだったハンバーグが食べられなくなってしまう。だからせめてと思い、思い切って聞いてみることにしたのだ。そんな事情も話すと、マスターは快くレシピを教えてくれた。それは目から鱗の落ちるような配合と工夫で、なるほどそれであの味になるのかと納得した。同時にマスターがどれだけ本気で研究して出してくれていたものなのかも。
最終日。僕らは最後の最後まで店に残り続け、マスターと記念写真をとったり、最後の挨拶をしたりしながら存分に楽しんだ。ある友人はずっと気に入って飲み続けていた酒のボトルを、ある友人はグラスを、ある友人はソムリエエプロンを。それはまるで『Sure』から、形見分けをしてもらっているかのような風景だった。みんなこの場所とマスターが大好きだった。
僕は僕で、最初に出会った目標とすべきダーツプレイヤーであったマスターと最後に勝負をしてもらい、マスターが使っていたオリジナルのバレルをプレゼントしてもらった。そしてもう一つがハンバーグのレシピ。
フードメニューに記載されていた銘は『シュール風ハンバーグ』。今はもうない、僕らの大好きだった場所の名を冠したこのレシピを、僕は一生大事にしていこうと思っている。