【 2006年03月29日-09:23 のつぶやき 】
■ あの日ぼくはアーチストへの道を歩きはじめた
といっても別に現在アーチストなわけじゃないんですけどね。しかもアーチストってなんだ。普通「アーティスト」だろうに。
というわけで、先日幼稚園ぐらいの頃の記憶の事を書いたわけですが、どういうわけだかぼくは幼稚園時代つまり3〜6歳あたりの頃の記憶が相当色濃く残っているんですよね。
幼稚園に初めて行くということになるのが楽しみで仕方なかった日。そしていざ行ってみたら人見知りをする泣き虫だったので、速攻で幼稚園嫌いになった入園から一日目。チューリップを模した最初の名札。そして鳩を模した最後の名札。おゆうぎ会で3期連続王子をつとめ、重婚の約束をしていた輝かしきプレイボーイ時代でもありました。
「年中」の時に組で作った工作はダンボールの潜水艦だった。黄色く塗られたそれは今思えばビートルズの名曲からの引用だったのかもしれません。潜水艦の円い窓ガラスを模した青セロファンは、そこから見える景色を確かに海の色に染めていました。
それ以来僕は潜水艦が大好きになって、公務員住宅の古びた循環式の浴槽をいつでも潜水艦に見立てては遊んだものです。進水するときはもちろん蓋をする。明かりを入れるために少しだけ開けた蓋の隙間。薄暗いお湯の水面。溜まった湯気の息苦しさ。それら全てが僕の潜水艦のリアリティでした。のぼせと酸欠のダブルパンチで朦朧とする意識さえもです。
そんな時代のとある日のこと、幼稚園の工作で先生がカラー模造紙で作った大きな木にの絵に、色紙を丸めて作った柿をつけるという授業があったんですよ。
工作が大好きだった僕は、わくわくしながら先生の説明を受けていたんですが、どうにも納得のいかない事があったんです。用意された色紙はオレンジと緑。緑の紙は小さく、オレンジは少々大きめだったんですけどね。つまりこれでヘタと実を作れというわけですよ。
作り方はさすがに幼稚園児向けだけあって極めて簡単。丸くなる様に緑の紙をちぎり、オレンジ色の紙はくしゃくしゃに丸めて、それらをセロテープで付け合わせて柿の実に模すという工程です。
そして一人一人にあてがわれた色紙は柿の実5個分。つまりオレンジの色紙と緑の色紙がそれぞれ5枚ずつだったんですね。しかしここが既に僕には納得がいかなかったんですよ。実際に作ってみるとどうにも柿の実とヘタのバランスが悪い。大きさでいうと苺っくらいのバランスでしかないんです。
というのも、柿はその頃よりも小さな頃から田舎から送られてきたり、田舎の柿の木に生っているのを直接見たりしてきていたので、このサイズは僕にとって明らかにリアリティが足りなかったんですよね。
むしろ柿でもなんでもなく、周りの子ども達が「柿ー柿ー」とか云いながら作っているそれはオレンジ色のピンポン球にワカメが着いた様なモノにしか見えなかったわけです。そしてそれは指示通りの工程を辿って作った自分の手にある物体も同じでした。これは納得がいきません。まるで納得いきません。せめてもう少しのリアリティが欲しかったんです。
そこで僕は一計を案じ、もう一枚オレンジの紙を手に取るとくしゃくしゃに丸めて先ほど作ったオレンジの紙玉とあわせ、ヘタとなる緑色の紙とあわせてみたんですよね。するとどうでしょう。二つの紙玉を合わせた結果、オレンジの実の部分は横にふくらんだ扁平球となり緑のヘタ部分とのバランスもそれなりに見られるモノになったんですよ。
これこそ僕にとってのリアリティのある「柿の実」でした。出来上がった柿の実の数は、みんなが5個なのに対して2個でしたけれども、明らかにそのクオリティは僕の方が上でした。
満足げに二つの大ぶりの柿の実をもって先生が来るのを待っていたのですが、進捗を確認しに来た先生が云った言葉は、僕に取って信じられないものだったんです。
「あら、どうして5個出来てないの?一枚ずつ使ってちゃんと5個作らないとダメですよ」
僕は混乱しました。明らかにクオリティの低いモノを量産してどうなるというんでしょう。造形工作という創造性教育の面から考えても個性を尊重すべきですし、実物を模したものを作るにあたっては一定以上のリアリティを追求すべきです。
しかも僕は農家の倅ですから、柿のリアルさは直接知っているわけです。にも関わらずこの教師はそれら全てを否定し、とても柿とは云えないモノを柿であると押しつけて済まそうとしたわけですよ。
僕には先生の云っていることと、その意図がまるで理解出来ませんでした。ただ理解出来ないなりに「そんなのはおかしい、そんなモノを作るなんていやだ」という苦情を言おうと幼稚園児なりの知能で様々なことを考えたんですよね。しかしさすがに幼稚園児。そんな言葉すら出てこなかったんです。
結果として、僕は自分の作った柿の実を叩きつけるや教室を飛び出すという、盗んだバイクで走り出して校舎のガラスを割って回る系の行動に出ることしか出来なかったんです。
まぁ、もしその時の僕に今の僕の言語能力があったならば「こんなもんが柿と呼べるか!ええい貴様じゃ話にならん!!主を呼べ!!」と海原雄山のモノマネをしながら叫んだでしょうね。そのくらい僕の衝動は大きかったんです。
この後、僕はもちろんのこと先生にこってりと叱られ、一度作り上げたリアル柿の実をバラして、しわくちゃのゴテゴテになったものを、苺のようなバランスの柿の実に作り直させられました。
そして、その後先生が作った大きな木にペタペタと貼らされ、他の子達が作った柿の実モドキに紛れて、どれがどれだかまるでわからなくなってしまったまま教室の後にデカデカと掲示されてしまいました。
この事件以降、僕はこの先生に対してものすごい不信感を植え付けられ、柿という果物もあまり好きではなくなってしまいました。いわばちょっとしたトラウマになってしまったわけですよ。とはいうものの図工関係が嫌いになったということはなかったので、不幸中の幸いといえば不幸中の幸いだったんでしょうけど(笑)。
で、なんでこんなことを思い出したかっていうと、先日書いた「おじぞうさん」に、その日の帰りに復讐の誓いを立てた様な気がするからなんですけどね。といっても、先生個人にというわけではなく、個性を認めない現代教育(当時の)のありようとか、世間のありかたとかになんですけどね。いやー我ながらヤなガキだなぁ(苦笑)。
まー誓ったわりには冒頭に書いた通り
現在アーティストでもなんでもないんですけどね。
(そもそもアーティストってなんなのかわからんですしね)
というわけで、先日幼稚園ぐらいの頃の記憶の事を書いたわけですが、どういうわけだかぼくは幼稚園時代つまり3〜6歳あたりの頃の記憶が相当色濃く残っているんですよね。
幼稚園に初めて行くということになるのが楽しみで仕方なかった日。そしていざ行ってみたら人見知りをする泣き虫だったので、速攻で幼稚園嫌いになった入園から一日目。チューリップを模した最初の名札。そして鳩を模した最後の名札。おゆうぎ会で3期連続王子をつとめ、重婚の約束をしていた輝かしきプレイボーイ時代でもありました。
「年中」の時に組で作った工作はダンボールの潜水艦だった。黄色く塗られたそれは今思えばビートルズの名曲からの引用だったのかもしれません。潜水艦の円い窓ガラスを模した青セロファンは、そこから見える景色を確かに海の色に染めていました。
それ以来僕は潜水艦が大好きになって、公務員住宅の古びた循環式の浴槽をいつでも潜水艦に見立てては遊んだものです。進水するときはもちろん蓋をする。明かりを入れるために少しだけ開けた蓋の隙間。薄暗いお湯の水面。溜まった湯気の息苦しさ。それら全てが僕の潜水艦のリアリティでした。のぼせと酸欠のダブルパンチで朦朧とする意識さえもです。
そんな時代のとある日のこと、幼稚園の工作で先生がカラー模造紙で作った大きな木にの絵に、色紙を丸めて作った柿をつけるという授業があったんですよ。
工作が大好きだった僕は、わくわくしながら先生の説明を受けていたんですが、どうにも納得のいかない事があったんです。用意された色紙はオレンジと緑。緑の紙は小さく、オレンジは少々大きめだったんですけどね。つまりこれでヘタと実を作れというわけですよ。
作り方はさすがに幼稚園児向けだけあって極めて簡単。丸くなる様に緑の紙をちぎり、オレンジ色の紙はくしゃくしゃに丸めて、それらをセロテープで付け合わせて柿の実に模すという工程です。
そして一人一人にあてがわれた色紙は柿の実5個分。つまりオレンジの色紙と緑の色紙がそれぞれ5枚ずつだったんですね。しかしここが既に僕には納得がいかなかったんですよ。実際に作ってみるとどうにも柿の実とヘタのバランスが悪い。大きさでいうと苺っくらいのバランスでしかないんです。
というのも、柿はその頃よりも小さな頃から田舎から送られてきたり、田舎の柿の木に生っているのを直接見たりしてきていたので、このサイズは僕にとって明らかにリアリティが足りなかったんですよね。
むしろ柿でもなんでもなく、周りの子ども達が「柿ー柿ー」とか云いながら作っているそれはオレンジ色のピンポン球にワカメが着いた様なモノにしか見えなかったわけです。そしてそれは指示通りの工程を辿って作った自分の手にある物体も同じでした。これは納得がいきません。まるで納得いきません。せめてもう少しのリアリティが欲しかったんです。
そこで僕は一計を案じ、もう一枚オレンジの紙を手に取るとくしゃくしゃに丸めて先ほど作ったオレンジの紙玉とあわせ、ヘタとなる緑色の紙とあわせてみたんですよね。するとどうでしょう。二つの紙玉を合わせた結果、オレンジの実の部分は横にふくらんだ扁平球となり緑のヘタ部分とのバランスもそれなりに見られるモノになったんですよ。
これこそ僕にとってのリアリティのある「柿の実」でした。出来上がった柿の実の数は、みんなが5個なのに対して2個でしたけれども、明らかにそのクオリティは僕の方が上でした。
満足げに二つの大ぶりの柿の実をもって先生が来るのを待っていたのですが、進捗を確認しに来た先生が云った言葉は、僕に取って信じられないものだったんです。
「あら、どうして5個出来てないの?一枚ずつ使ってちゃんと5個作らないとダメですよ」
僕は混乱しました。明らかにクオリティの低いモノを量産してどうなるというんでしょう。造形工作という創造性教育の面から考えても個性を尊重すべきですし、実物を模したものを作るにあたっては一定以上のリアリティを追求すべきです。
しかも僕は農家の倅ですから、柿のリアルさは直接知っているわけです。にも関わらずこの教師はそれら全てを否定し、とても柿とは云えないモノを柿であると押しつけて済まそうとしたわけですよ。
僕には先生の云っていることと、その意図がまるで理解出来ませんでした。ただ理解出来ないなりに「そんなのはおかしい、そんなモノを作るなんていやだ」という苦情を言おうと幼稚園児なりの知能で様々なことを考えたんですよね。しかしさすがに幼稚園児。そんな言葉すら出てこなかったんです。
結果として、僕は自分の作った柿の実を叩きつけるや教室を飛び出すという、盗んだバイクで走り出して校舎のガラスを割って回る系の行動に出ることしか出来なかったんです。
まぁ、もしその時の僕に今の僕の言語能力があったならば「こんなもんが柿と呼べるか!ええい貴様じゃ話にならん!!主を呼べ!!」と海原雄山のモノマネをしながら叫んだでしょうね。そのくらい僕の衝動は大きかったんです。
この後、僕はもちろんのこと先生にこってりと叱られ、一度作り上げたリアル柿の実をバラして、しわくちゃのゴテゴテになったものを、苺のようなバランスの柿の実に作り直させられました。
そして、その後先生が作った大きな木にペタペタと貼らされ、他の子達が作った柿の実モドキに紛れて、どれがどれだかまるでわからなくなってしまったまま教室の後にデカデカと掲示されてしまいました。
この事件以降、僕はこの先生に対してものすごい不信感を植え付けられ、柿という果物もあまり好きではなくなってしまいました。いわばちょっとしたトラウマになってしまったわけですよ。とはいうものの図工関係が嫌いになったということはなかったので、不幸中の幸いといえば不幸中の幸いだったんでしょうけど(笑)。
で、なんでこんなことを思い出したかっていうと、先日書いた「おじぞうさん」に、その日の帰りに復讐の誓いを立てた様な気がするからなんですけどね。といっても、先生個人にというわけではなく、個性を認めない現代教育(当時の)のありようとか、世間のありかたとかになんですけどね。いやー我ながらヤなガキだなぁ(苦笑)。
現在アーティストでもなんでもないんですけどね。
(そもそもアーティストってなんなのかわからんですしね)