【 2006年09月05日-16:15 のつぶやき 】
■ 無題。
ここのところ怪談づいていることもあって、ネット上の怪談話なんかも随分とチェックしていた。有名なモノもいくつもあるのだが、その中で気になったものがある。
いや気になるというのもおかしな話といえばおかしな話なのだ。なぜならば私は、その怪談、いや一連の怪談群を、既に何度か読んでいるからだ。なのに今回に限って気になった。正確に云えば読了後に「違和感」を感じたのだ。
その怪談のあらすじはこうだ、禁忌とされている場所に忍び込んだ悪童達が、そこで「何か」に遭遇する。別のケースでは憑依されたりもしている。
逃げ出した彼らを救うのは神主や祖父母などの年長者だ。悪童達はこっぴどく叱られながら身を清められ、そして「髪を切られる」。後ろ髪だけを切り落とされた者もいれば、丸刈りにされた者の話も多い。
そうして語り部たる彼らは難を逃れるのだが、必ず犠牲者が出てしまう。彼らは一様に後頭部を傷だらけにし、そして「目を潰している」のだ。誰かにそうされたものもいれば、自ら目を潰した者もいる。
そして後頭部の傷――それは自ら後頭部の髪を引き抜き、また頭皮ごと引きちぎった事によるものなのだ。そうした凄惨な死に様を晒す犠牲者達は、皆「何か」から逃れられなかった結果だという。
語り部本人達を助けた年長者達によれば、その「何か」はどこまでも自らの領域に踏み込んだ(結界を破り、踏み荒らした?)者をおいかけるらしい。そして後ろ髪を掴み、死へと引きずり込む。
だから語り部達は髪を切られたのだ。なぜ後ろ髪を掴むのか。それはいくつかの話の中で年長者達によって明かされている。「ヤツは目が見えない。だから後ろ髪を引き掴む」と。盲目となり、後ろ髪を引きちぎった犠牲者達は、その「何か」と同じ姿になっている、いや同じ姿にされてしまったということなのだろう。
――連鎖。この一連の怪談群の根底に流れるのは、そうした特徴をもつ呪いの連鎖なのだ。そして、これらのストーリーの語り部達は、物語をこう結ぶ。「この話を知った者も、呪いの環に加わる。そして『何か』は、どこまでも探し出して追い掛ける。だからこの話を読んでしまった人達は、一人でも多くの人の目にとまるように、この話を広めなければならない」と。
実にありがちなチェーンメールのような連鎖の手法だ。それまでの、風土に合わせたリアリティ溢れる恐怖に、明らかに水を差すような陳腐な手法。正直、この手のチープな展開にはウンザリさせられるものだ。
しかし、冒頭にも書いた通り、これまで何度も目にしているはずの、これらの怪談群を読み終えたとき、私は違和感を感じたのだ。それは、このチェーンメールじみた手法の演出にではなく、話中での年長者達の発言だった。悪童達を叱責した彼らは一様に云う「ここで見たことは全部忘れろ」。
それは警告であり「もう一つの対策」なのではないだろうか。「知っている」者達を追い掛ける呪い。二度と禁忌は犯さず、それを「忘れる」ことで、呪いから解放されるのではないだろうか。語り部達は事件の後、一様に「その場所」を離れている。
生まれ故郷であったり、親戚の家であったり、たまたま覗きに行ってしまったスポットであったり。そしてそれらを忘れているのだ。やがて皆一つの怪談をきっかけに「思い出し」、これら一連の怪談群が出来上がった。語り部達のその後はわからないが、犠牲者となった者達は皆「その場」に残っているという傾向がある。つまりはそういうことなのではないだろうか。
「その場」を離れ、全てを「忘れる」。それが呪いの連鎖を断ち切る、対策の一つなのではないだろうか。そんな考えが私の頭をよぎったのだ。
――「忘んない!」強い叱責をはらんだ祖母の声が私の脳裏に、突然蘇った。
穏和でのんびりとした声で、ゆっくりと話す祖母が「僕」を叱責した声だ。いや、そんな事があったのだろうか。あの穏和な祖母が「僕」を叱責したことなどあったのだろうか。いや、こうまでも鮮やかに記憶に蘇るということは、事実あったことなのだろう。だが…私は覚えていない…。
私は目を閉じて記憶を辿る。それは昨年、気まぐれを起こした私が、父方の郷里を十年ぶりに訪ねたからかもしれない。郷里を訪ねたきっかけは単純なものだった。
夢を見たのだ。少年だった頃に見た、田舎の様々な風景を。だから私は田舎へと向かったのだ。自分の記憶を辿るために。そして大人になった自分の足で、少年だった「僕」の足跡を辿り、記憶の糸をいくつもつなぎ合わせるという作業をしてきた。
そんなことをした翌年の今、少年の日の記憶は、割と簡単に蘇ってきた。強い夏の臭いだ。アスファルトが溶ける都会の夏の臭いではない、土の焼ける田舎の夏、そんな臭いが私の嗅覚を刺激する。信州の奥地に向かう山間の集落。そこが「僕」の、そして私の田舎だった。
まだ祖父が生きていた頃だ。姉らは都合がつかなかったのか、私は両親と3人で夏休みの帰省をしていた。集落にも子どもはいるのだが、人見知りの激しい少年だった「僕」は、遊び相手になってもらうことも、仲間に混ざることも出来ず、一人で退屈していた。両親は祖父母と畑に行っていたし、一人の留守番は退屈だった。
集落の中は車が走ることも滅多にないので、交通事故があるわけもない。「僕」に許された行動範囲は、裏山の神社の石段までと、坂下のよろずやまでだったが、そこからの一本道で「おとり前」と呼ばれていた大鳥居前の畑に行くことは出来た。祖父母も両親も、今日はそこの桃の木を手入れにいっているはずだ。
テレビはワイドショーの時間帯に入っていて面白くない。だから「僕」は大きい麦わら帽子を被って、家を出た。強い午後の日差しと蝉時雨の中、どこに行こうかと思案したが、僕の足は重力に従うように坂を下って、よろずやに向かっていた。
ポケットには発行されたばかりのピカピカの五百円玉が入っている。それは祖母にもらった「おこづかい」だった。よろずやに着いた僕は、おばちゃんに挨拶をするとアイスの冷凍庫を開けて、背伸びをして覗き込むように棒アイスを一本買う。
「本家の跡取り息子の孫」であった僕の顔は、よろずやのおばちゃんも知っている。一人でお買い物えらいねえとかなんとか云われて、はにかんだ僕は、「おとり前」への一本道を、アイスをかじりながら歩いていった。土塀と石垣で舗装された用水路を左右にしながら歩く。
炎天下にアイスは既に溶け出していたから、手がべとべとしないよう、すくい上げるようにして僕はソーダ味を喉に流し込んだ。やがて大鳥居前に着く頃には、アイスはすっかりなくなっていて、僕は「あたり」ともなにもかかれていなかったアイス棒をくわえて鳥居を見上げていた。鳥居をくぐり、県道を越えて少し行けば畑があるのはわかっていた。

だけど「僕」は、ここにきて少し考えてしまった。なぜならば、一人で畑まで行くことは許されていなかったからだ。行動範囲は車通りのある県道より内側に限られていたからだ。一人で行ったら誉められるか、それとも怒られるか、僕は少し考えた。そして考えた末に、畑を目指すことをやめて、回れ右をしたのだ。
帰ろうか、用水路(足首までしか水のない小川だ)で沢ガニでも探そうか、そんなことを考えていたが、ふと山側を見上げると、随分上の方に石の階段がみえた。今になればわかるのだが、鳥居があるということは、ここが表参道であり、裏山の神社に続いているのだ。
いつもは家の裏山からすいすいと登っていって、参道の途中から石段を登るのだが、普通に参拝するならば、ここから登っていくことになるのだろう。見慣れた風景が遠くにあることに、少し興味を憶えた僕は、そのまま参道をのぼっていうことにした。石段までなら行動範囲だからだ。
この夏に来たばかりの時にお参りした時には、すぐに帰ってしまったが、神社には大きな木が沢山あって「カブトムシやクワガタがいるかもしれない」と母が云っていたことを思いだした事もあった。虫取網も虫かごも持ってはいなかったが、ちょっとした探検気分で僕は神社へと続く坂道を進み始めた。参道といっても、神社へと続くただの道だ。
舗装もされていない道の左右は百年以上前から建っているような土壁の家ばかり。やがてコンクリートというよりは砂利セメントといった風情の舗装が道路にかぶり始め、石段が近づいてきた。
午後の休みを終えて皆畑に出ているのだろうか、誰ともすれ違わず、遠くに車の排気音が時々聞こえるだけで、その音も蝉時雨にかきけされる。そんな中を僕は一人でよいしょよいしょと小さく声に出しながら、石段を登っていった。途中の鳥居のある踊り場から後を振り返って見下ろすと、いくつもの屋根越しに集落の様子が見える。

下の大鳥居は屋根に隠れてみえなかったが、一人でここまで登ってきたことに、僕は小さな達成感を感じて、満足しながら最後の石段を登っていった。本来なら、ここの少し手前の路地を曲がって裏山に帰らなければならないのだが、僕に芽生えた冒険心は、そうさせなかったのだ。
最後の石段を登り終えて、辿り着いた神社は、神社といっても小さなもので、山を切り開いた平地に、いずれも小さいものだが本殿と宝物殿があるだけだった。社務所があるわけでもなく、どこに神主さんがいるのかもわからないような、いわゆる「村の鎮守」だ。
いや、少なくともそれまでは、そんな風に考えていたのだ。僕は本殿に向かうとアイスのお釣りに入っていた十円玉を「もったいないなあ」なんて思いながら賽銭箱に投げ込んで、見様見真似で覚えていた柏手を打った。
それを済ませると木を見て回ろうと境内をうろついてみたのだが、どの木も大きすぎて見上げるのに疲れてしまうようだったし、境内自体には木はなく、いずれも斜面に生えているので手の出しようがなかった。
それでもセミでもいないかと思って見上げ続けていたのだが、その気配もない。鳴き声は近く遠くにこれでもかと降り注ぐのだが、姿は見えないのだ。木陰越しに強い日差しを浴びた僕は、目が眩んだようになって、慌てて顔を下ろすと、宝物殿の屋根の下の日陰に逃げ込んで石段に座り込んだ。
カブトムシもクワガタもいなければ、セミも鳴き声だけ。「なんだつまんないな」――そんな事を考えながら、僕は立ち上がると、宝物殿の土台の石段のカドに土踏まずで立つようにして、バランスをとったりしながら「帰ろうかなぁ」と呟いた。そのまま土踏まずでバランスを取りながらカニ歩きをする僕。
土台の四つ角まで来て、落ちちゃったら、そのまま帰ろうと考えていたのだが、バランスよく曲がれてしまった僕は宝物殿の横に入り込んでいった。慣れてきたもので、すいすいとカニ歩きで土台の上を歩く僕だったが、夢中になって足下を見ながら歩いていたのだが、宝物殿の裏手に回ったところで、バランスを崩して落ちてしまった。
落ちたと云っても15cmほどの石段の上からだからひょいと飛び降りただけなのだが、飛び降りたところから振り返ると宝物殿の裏手に、もう一つ小さな古びた小屋があるのが見えた。今までその存在は知らなかった僕は、興味にかられてそちらへと近づいた。
宝物殿を小さくしたような小屋は正面に格子状になった木戸の戸口があり、その上にしめ縄が渡してあった。宝物殿の中はお正月だかに見たことがあった。木馬と鏡がおいてあったと思う。宝という割には大したことがなく「なあんだ」と落胆したものだ。
「この中には何があるのかな」、そんなことを考えた僕は、格子戸に顔を押しつけるようにして、なんとか中を覗こうとした。しかし明かりがあるわけもなく、日陰になっているので、中はなかなか見えない。
見えない。見えない。見えない――。
ここで私の記憶は途絶えてしまった。暗転したかのように何も見えない。思い出せないのだ。それでも振り絞るように記憶を巡らせると、大泣きしながら駆け足で石段をおりている僕が蘇ってきた。
そうだ、「僕」は怖くなって神社から逃げ出したのだ。なにが怖かったのかは、まるで思い出せない。だが、背中を気にしながら、必死になって階段を下り、転びそうになりながら下り坂を降りていった記憶がある。
そしてその先は……そうだ、よろずやと家の方に向かう道と県道をまたいで畑に行く道、そして降りてきた参道、その辻でどうすればいいかわからなくなって――多分両親を捜そうとしたのだろう――そして、よろずやへ向かう道の遠くに見慣れた作業着姿の曲がった背中を見つけて、僕はまた駆けだしたのだ。
どうしたことだろう。こんな記憶を、忘れる事があるのだろうか。だがしかし、今の今まで僕はこの出来事を忘れていたのだ。思い出す。思い出す。思い出す。
嗚咽しながら祖母を呼び止めようとし、走って走って走って、祖母の腰に泣きながらしがみついて、大泣きした僕。思いもしない方向から来て泣いている僕に驚く祖母。そして僕に「どしただっし?ほう。○○くん、どうしたの?」と話を促そうと優しく話しかける。
そして……。
そして、どうしたんだろう。「僕」は、その後どうしたのだろう。思い出すんだ。もう少しで何かがわかりそうな気がする。「あのね、あのね、じんじゃで********************」。嗚咽しながら、なんとか事情を説明したのだろう。なにを説明したのかは…思い出せない。
しかし、僕が話した言葉を聞いた途端、に祖母の表情が変わった。そうだ。それで それ
で 「僕」は、祖母に手 首を捕まれると ぐい ぐいと道を
歩かされ 家に着くと 服を脱ぐように いわれ 井戸の水を あたまから そ
れ から 白い しろ しろい 塩 塩だ しお しおを背中に す
りこまれるように 背中を たた
かれ そ れ か ら
ああ 髪だ 髪を
「僕」は髪を切られた。
僕は祖母に髪を切られたんだ。ただでさえ短かった髪を、それこそ坊主頭に――。そして思い出す「忘んない!いいね!」何度も念を押す祖母の顔と声…。そして「僕」は云われた通りに忘れ、そして「私」は思い出してしまった。
いや、完全に思い出したわけではない。だが、確かにこんなことがあったのだ。今の今まで忘れていた「それ」を、今、私は思い出してしまった――わたしはおもいだしてしまった――そして私の思考は「あの違和感」へと戻る。
「話を広める」こと、そして「忘れる」こと。切られた髪、「何か」恐るべきものを見てしまった神社の記憶。あれ以来私は、髪を伸ばしたことは一度もない。色々な理由はあるのだが、それでも、何を意図するでもなく、この記憶を思い出すでもなく、まるで固執するかのようにずっと髪を短くしていた。しつづけていた。
二十代にさしかかる頃まで、田舎には定期的に帰っていたのだが、そのたびに祖母は「○○くんはいつもお髪さっぱりしてんなぁ」と、にこにこしながら云っていた。あの微笑みは…「安堵」ではなかったのだろうか。
ひょっとしたら、あの怪談の登場人物達や語り部のように私も――そうだ、祖母の声には、もう一つ続けられた言葉があった。
「いいか、○○くん、誰にも話しちゃんね!いいね?!おばあちゃんと約束しんね!いいね!」
――最後は哀願するかのような色を帯びていた祖母の声。泣きながら何度も頷くと、祖母は「僕」を抱きしめて、なにかお呪いのような言葉を何度も何度も繰り返していた。
あれは、あれはなんと云っていたのだろう。そして私は、「僕」は…神社のあの小さな小屋で、格子の向こうに、なにを、なにをみたのだろう――。
私が、「僕」が、みたものは……。

な
が
目
い
か 目
み
目
し ろ
目
い
ぼくは
なにを
みたのだろう

いや、フィクションですけどね。
(普通中盤あたりで気づきますよね(笑))
いや気になるというのもおかしな話といえばおかしな話なのだ。なぜならば私は、その怪談、いや一連の怪談群を、既に何度か読んでいるからだ。なのに今回に限って気になった。正確に云えば読了後に「違和感」を感じたのだ。
その怪談のあらすじはこうだ、禁忌とされている場所に忍び込んだ悪童達が、そこで「何か」に遭遇する。別のケースでは憑依されたりもしている。
逃げ出した彼らを救うのは神主や祖父母などの年長者だ。悪童達はこっぴどく叱られながら身を清められ、そして「髪を切られる」。後ろ髪だけを切り落とされた者もいれば、丸刈りにされた者の話も多い。
そうして語り部たる彼らは難を逃れるのだが、必ず犠牲者が出てしまう。彼らは一様に後頭部を傷だらけにし、そして「目を潰している」のだ。誰かにそうされたものもいれば、自ら目を潰した者もいる。
そして後頭部の傷――それは自ら後頭部の髪を引き抜き、また頭皮ごと引きちぎった事によるものなのだ。そうした凄惨な死に様を晒す犠牲者達は、皆「何か」から逃れられなかった結果だという。
語り部本人達を助けた年長者達によれば、その「何か」はどこまでも自らの領域に踏み込んだ(結界を破り、踏み荒らした?)者をおいかけるらしい。そして後ろ髪を掴み、死へと引きずり込む。
だから語り部達は髪を切られたのだ。なぜ後ろ髪を掴むのか。それはいくつかの話の中で年長者達によって明かされている。「ヤツは目が見えない。だから後ろ髪を引き掴む」と。盲目となり、後ろ髪を引きちぎった犠牲者達は、その「何か」と同じ姿になっている、いや同じ姿にされてしまったということなのだろう。
――連鎖。この一連の怪談群の根底に流れるのは、そうした特徴をもつ呪いの連鎖なのだ。そして、これらのストーリーの語り部達は、物語をこう結ぶ。「この話を知った者も、呪いの環に加わる。そして『何か』は、どこまでも探し出して追い掛ける。だからこの話を読んでしまった人達は、一人でも多くの人の目にとまるように、この話を広めなければならない」と。
実にありがちなチェーンメールのような連鎖の手法だ。それまでの、風土に合わせたリアリティ溢れる恐怖に、明らかに水を差すような陳腐な手法。正直、この手のチープな展開にはウンザリさせられるものだ。
しかし、冒頭にも書いた通り、これまで何度も目にしているはずの、これらの怪談群を読み終えたとき、私は違和感を感じたのだ。それは、このチェーンメールじみた手法の演出にではなく、話中での年長者達の発言だった。悪童達を叱責した彼らは一様に云う「ここで見たことは全部忘れろ」。
それは警告であり「もう一つの対策」なのではないだろうか。「知っている」者達を追い掛ける呪い。二度と禁忌は犯さず、それを「忘れる」ことで、呪いから解放されるのではないだろうか。語り部達は事件の後、一様に「その場所」を離れている。
生まれ故郷であったり、親戚の家であったり、たまたま覗きに行ってしまったスポットであったり。そしてそれらを忘れているのだ。やがて皆一つの怪談をきっかけに「思い出し」、これら一連の怪談群が出来上がった。語り部達のその後はわからないが、犠牲者となった者達は皆「その場」に残っているという傾向がある。つまりはそういうことなのではないだろうか。
「その場」を離れ、全てを「忘れる」。それが呪いの連鎖を断ち切る、対策の一つなのではないだろうか。そんな考えが私の頭をよぎったのだ。
――「忘んない!」強い叱責をはらんだ祖母の声が私の脳裏に、突然蘇った。
穏和でのんびりとした声で、ゆっくりと話す祖母が「僕」を叱責した声だ。いや、そんな事があったのだろうか。あの穏和な祖母が「僕」を叱責したことなどあったのだろうか。いや、こうまでも鮮やかに記憶に蘇るということは、事実あったことなのだろう。だが…私は覚えていない…。
私は目を閉じて記憶を辿る。それは昨年、気まぐれを起こした私が、父方の郷里を十年ぶりに訪ねたからかもしれない。郷里を訪ねたきっかけは単純なものだった。
夢を見たのだ。少年だった頃に見た、田舎の様々な風景を。だから私は田舎へと向かったのだ。自分の記憶を辿るために。そして大人になった自分の足で、少年だった「僕」の足跡を辿り、記憶の糸をいくつもつなぎ合わせるという作業をしてきた。
そんなことをした翌年の今、少年の日の記憶は、割と簡単に蘇ってきた。強い夏の臭いだ。アスファルトが溶ける都会の夏の臭いではない、土の焼ける田舎の夏、そんな臭いが私の嗅覚を刺激する。信州の奥地に向かう山間の集落。そこが「僕」の、そして私の田舎だった。
まだ祖父が生きていた頃だ。姉らは都合がつかなかったのか、私は両親と3人で夏休みの帰省をしていた。集落にも子どもはいるのだが、人見知りの激しい少年だった「僕」は、遊び相手になってもらうことも、仲間に混ざることも出来ず、一人で退屈していた。両親は祖父母と畑に行っていたし、一人の留守番は退屈だった。
集落の中は車が走ることも滅多にないので、交通事故があるわけもない。「僕」に許された行動範囲は、裏山の神社の石段までと、坂下のよろずやまでだったが、そこからの一本道で「おとり前」と呼ばれていた大鳥居前の畑に行くことは出来た。祖父母も両親も、今日はそこの桃の木を手入れにいっているはずだ。
テレビはワイドショーの時間帯に入っていて面白くない。だから「僕」は大きい麦わら帽子を被って、家を出た。強い午後の日差しと蝉時雨の中、どこに行こうかと思案したが、僕の足は重力に従うように坂を下って、よろずやに向かっていた。
ポケットには発行されたばかりのピカピカの五百円玉が入っている。それは祖母にもらった「おこづかい」だった。よろずやに着いた僕は、おばちゃんに挨拶をするとアイスの冷凍庫を開けて、背伸びをして覗き込むように棒アイスを一本買う。
「本家の跡取り息子の孫」であった僕の顔は、よろずやのおばちゃんも知っている。一人でお買い物えらいねえとかなんとか云われて、はにかんだ僕は、「おとり前」への一本道を、アイスをかじりながら歩いていった。土塀と石垣で舗装された用水路を左右にしながら歩く。
炎天下にアイスは既に溶け出していたから、手がべとべとしないよう、すくい上げるようにして僕はソーダ味を喉に流し込んだ。やがて大鳥居前に着く頃には、アイスはすっかりなくなっていて、僕は「あたり」ともなにもかかれていなかったアイス棒をくわえて鳥居を見上げていた。鳥居をくぐり、県道を越えて少し行けば畑があるのはわかっていた。

だけど「僕」は、ここにきて少し考えてしまった。なぜならば、一人で畑まで行くことは許されていなかったからだ。行動範囲は車通りのある県道より内側に限られていたからだ。一人で行ったら誉められるか、それとも怒られるか、僕は少し考えた。そして考えた末に、畑を目指すことをやめて、回れ右をしたのだ。
帰ろうか、用水路(足首までしか水のない小川だ)で沢ガニでも探そうか、そんなことを考えていたが、ふと山側を見上げると、随分上の方に石の階段がみえた。今になればわかるのだが、鳥居があるということは、ここが表参道であり、裏山の神社に続いているのだ。
いつもは家の裏山からすいすいと登っていって、参道の途中から石段を登るのだが、普通に参拝するならば、ここから登っていくことになるのだろう。見慣れた風景が遠くにあることに、少し興味を憶えた僕は、そのまま参道をのぼっていうことにした。石段までなら行動範囲だからだ。
この夏に来たばかりの時にお参りした時には、すぐに帰ってしまったが、神社には大きな木が沢山あって「カブトムシやクワガタがいるかもしれない」と母が云っていたことを思いだした事もあった。虫取網も虫かごも持ってはいなかったが、ちょっとした探検気分で僕は神社へと続く坂道を進み始めた。参道といっても、神社へと続くただの道だ。
舗装もされていない道の左右は百年以上前から建っているような土壁の家ばかり。やがてコンクリートというよりは砂利セメントといった風情の舗装が道路にかぶり始め、石段が近づいてきた。
午後の休みを終えて皆畑に出ているのだろうか、誰ともすれ違わず、遠くに車の排気音が時々聞こえるだけで、その音も蝉時雨にかきけされる。そんな中を僕は一人でよいしょよいしょと小さく声に出しながら、石段を登っていった。途中の鳥居のある踊り場から後を振り返って見下ろすと、いくつもの屋根越しに集落の様子が見える。

下の大鳥居は屋根に隠れてみえなかったが、一人でここまで登ってきたことに、僕は小さな達成感を感じて、満足しながら最後の石段を登っていった。本来なら、ここの少し手前の路地を曲がって裏山に帰らなければならないのだが、僕に芽生えた冒険心は、そうさせなかったのだ。
最後の石段を登り終えて、辿り着いた神社は、神社といっても小さなもので、山を切り開いた平地に、いずれも小さいものだが本殿と宝物殿があるだけだった。社務所があるわけでもなく、どこに神主さんがいるのかもわからないような、いわゆる「村の鎮守」だ。
いや、少なくともそれまでは、そんな風に考えていたのだ。僕は本殿に向かうとアイスのお釣りに入っていた十円玉を「もったいないなあ」なんて思いながら賽銭箱に投げ込んで、見様見真似で覚えていた柏手を打った。
それを済ませると木を見て回ろうと境内をうろついてみたのだが、どの木も大きすぎて見上げるのに疲れてしまうようだったし、境内自体には木はなく、いずれも斜面に生えているので手の出しようがなかった。
それでもセミでもいないかと思って見上げ続けていたのだが、その気配もない。鳴き声は近く遠くにこれでもかと降り注ぐのだが、姿は見えないのだ。木陰越しに強い日差しを浴びた僕は、目が眩んだようになって、慌てて顔を下ろすと、宝物殿の屋根の下の日陰に逃げ込んで石段に座り込んだ。
カブトムシもクワガタもいなければ、セミも鳴き声だけ。「なんだつまんないな」――そんな事を考えながら、僕は立ち上がると、宝物殿の土台の石段のカドに土踏まずで立つようにして、バランスをとったりしながら「帰ろうかなぁ」と呟いた。そのまま土踏まずでバランスを取りながらカニ歩きをする僕。
土台の四つ角まで来て、落ちちゃったら、そのまま帰ろうと考えていたのだが、バランスよく曲がれてしまった僕は宝物殿の横に入り込んでいった。慣れてきたもので、すいすいとカニ歩きで土台の上を歩く僕だったが、夢中になって足下を見ながら歩いていたのだが、宝物殿の裏手に回ったところで、バランスを崩して落ちてしまった。
落ちたと云っても15cmほどの石段の上からだからひょいと飛び降りただけなのだが、飛び降りたところから振り返ると宝物殿の裏手に、もう一つ小さな古びた小屋があるのが見えた。今までその存在は知らなかった僕は、興味にかられてそちらへと近づいた。
宝物殿を小さくしたような小屋は正面に格子状になった木戸の戸口があり、その上にしめ縄が渡してあった。宝物殿の中はお正月だかに見たことがあった。木馬と鏡がおいてあったと思う。宝という割には大したことがなく「なあんだ」と落胆したものだ。
「この中には何があるのかな」、そんなことを考えた僕は、格子戸に顔を押しつけるようにして、なんとか中を覗こうとした。しかし明かりがあるわけもなく、日陰になっているので、中はなかなか見えない。
見えない。見えない。見えない――。
ここで私の記憶は途絶えてしまった。暗転したかのように何も見えない。思い出せないのだ。それでも振り絞るように記憶を巡らせると、大泣きしながら駆け足で石段をおりている僕が蘇ってきた。
そうだ、「僕」は怖くなって神社から逃げ出したのだ。なにが怖かったのかは、まるで思い出せない。だが、背中を気にしながら、必死になって階段を下り、転びそうになりながら下り坂を降りていった記憶がある。
そしてその先は……そうだ、よろずやと家の方に向かう道と県道をまたいで畑に行く道、そして降りてきた参道、その辻でどうすればいいかわからなくなって――多分両親を捜そうとしたのだろう――そして、よろずやへ向かう道の遠くに見慣れた作業着姿の曲がった背中を見つけて、僕はまた駆けだしたのだ。
どうしたことだろう。こんな記憶を、忘れる事があるのだろうか。だがしかし、今の今まで僕はこの出来事を忘れていたのだ。思い出す。思い出す。思い出す。
嗚咽しながら祖母を呼び止めようとし、走って走って走って、祖母の腰に泣きながらしがみついて、大泣きした僕。思いもしない方向から来て泣いている僕に驚く祖母。そして僕に「どしただっし?ほう。○○くん、どうしたの?」と話を促そうと優しく話しかける。
そして……。
そして、どうしたんだろう。「僕」は、その後どうしたのだろう。思い出すんだ。もう少しで何かがわかりそうな気がする。「あのね、あのね、じんじゃで********************」。嗚咽しながら、なんとか事情を説明したのだろう。なにを説明したのかは…思い出せない。
しかし、僕が話した言葉を聞いた途端、に祖母の表情が変わった。そうだ。それで それ
で 「僕」は、祖母に手 首を捕まれると ぐい ぐいと道を
歩かされ 家に着くと 服を脱ぐように いわれ 井戸の水を あたまから そ
れ から 白い しろ しろい 塩 塩だ しお しおを背中に す
りこまれるように 背中を たた
かれ そ れ か ら
ああ 髪だ 髪を
「僕」は髪を切られた。
僕は祖母に髪を切られたんだ。ただでさえ短かった髪を、それこそ坊主頭に――。そして思い出す「忘んない!いいね!」何度も念を押す祖母の顔と声…。そして「僕」は云われた通りに忘れ、そして「私」は思い出してしまった。
いや、完全に思い出したわけではない。だが、確かにこんなことがあったのだ。今の今まで忘れていた「それ」を、今、私は思い出してしまった――わたしはおもいだしてしまった――そして私の思考は「あの違和感」へと戻る。
「話を広める」こと、そして「忘れる」こと。切られた髪、「何か」恐るべきものを見てしまった神社の記憶。あれ以来私は、髪を伸ばしたことは一度もない。色々な理由はあるのだが、それでも、何を意図するでもなく、この記憶を思い出すでもなく、まるで固執するかのようにずっと髪を短くしていた。しつづけていた。
二十代にさしかかる頃まで、田舎には定期的に帰っていたのだが、そのたびに祖母は「○○くんはいつもお髪さっぱりしてんなぁ」と、にこにこしながら云っていた。あの微笑みは…「安堵」ではなかったのだろうか。
ひょっとしたら、あの怪談の登場人物達や語り部のように私も――そうだ、祖母の声には、もう一つ続けられた言葉があった。
「いいか、○○くん、誰にも話しちゃんね!いいね?!おばあちゃんと約束しんね!いいね!」
――最後は哀願するかのような色を帯びていた祖母の声。泣きながら何度も頷くと、祖母は「僕」を抱きしめて、なにかお呪いのような言葉を何度も何度も繰り返していた。
あれは、あれはなんと云っていたのだろう。そして私は、「僕」は…神社のあの小さな小屋で、格子の向こうに、なにを、なにをみたのだろう――。
私が、「僕」が、みたものは……。

な
が
目
い
か 目
み
目
し ろ
目
い
ぼくは
なにを
みたのだろう

いや、フィクションですけどね。
(普通中盤あたりで気づきますよね(笑))