■ 混ぜるな危険

かの有名な厩戸皇子(うまやどのおうじ)こと聖徳太子は豊聡耳とも呼ばれ、これは彼に陳情というか請願にきた人達が一度にわっと話しかけても全てを聞き分け、的確な答えを返したという事に由来するそうです。

有名な逸話ではありますが、これは凄いことです。一度に2人に話しかけられただけで、僕なら「落ち着け、まずキミは黙れ。あとキミはまずそのナイフを床に置きなさい」と云うでしょう。どんな修羅場だって話ですが。

そもそも会話というものは、お互いの心象上にあるイメージを言語・言葉という媒体を介してキャッチボールすることで、お互いのイメージの類似化を図るという行為だと僕は考えています。

それが一対一であっても通じにくいこともあるというのに、複数の情報を一気に流し込まれては処理能力の限界があるというものです。先ほどの喩えに準えれば、ボールを十個いっぺんに投げつけられる様なもの。それを全部キャッチして返せなんて、星一徹だってやりゃあしません。火を点けたボールでノックしたりはしますけどもね。


まぁ一度に大勢の人から一斉に応答を必要とする言葉、つまり質問なんかを投げかけられるなんてことは滅多にないかもしれませんが、大勢の人達の会話を一度に耳にする機会というのは割と頻繁にあると思います。

雑然としたファミレスやファーストフードなどの客席では、あらゆる席上でそれぞれの会話をしているわけで、そこに耳を澄ませば、それこそ様々な会話が聞こえてくるわけですよ。

恋人同士のものもあれば、友人同士の他愛のない会話もあるでしょう。取引先との営業トークをしているところもあれば、保険のセールスをしているところもあります。不倫の精算をしているテーブルもあれば、仲睦まじい家族のテーブルもあるはずです。


とはいっても、それらの会話にどれほど耳を澄ましても、距離的な問題や声量的な問題からも、一般的な人間の聴覚には限界がありますから、聞き取れるのは断片的なものになるはずです。

またそれ故に、断片のみの会話は意味を成さない言葉の羅列になってしまい、喩え会話の断片が聞こえてきたとしても、情報として認識されずに「聞き流される」わけです。うむ、深い。そりゃあ授業中に他の事に気を取られていたら、授業内容なんぞ頭に入るわけがないわけですよ。

しかし、逆に会話のやりとりの断片だけであっても、その会話から、その場の風景すら想像できるものもあります。例えば

「ご飯よー」
「はーい!」
「ちゃんと手は洗ったのか?」
「さっき洗ったよー」
「お父さん、食事中くらいテレビ消してくださいな」
「今いいところなんだ。もう少しだけ」
「わー!今日はカレーかー!」
「もう!お父さん!」
「わかった、わかった」

なんていうのはどうでしょう。登場人物を書かなくても、ある意味テンプレート的な「少年と両親のいる食事前の風景」が想像できるのではないでしょうか。若干昭和風なアナクロ的感じがしますけど、個人的にはテレビにはナイターかなんかが映されている様な気さえします。

他にもこんなのはどうでしょう?

「ち、こんな時に歩哨とはな、ついてねーぜ」
「まぁそういうなよ」
「あーあ、はやく国に帰りてえよ」
「例の恋人か?」
「ああ、このくだらねぇ戦争が終わったら…結婚するんだ」
「ふん…まぁお前にはお似合いのソバカスさんだよな」
「こいつ!…式にはきてくれよな」
「ああ、必ずな。だから生きて帰ろうぜ…ん?」
「あの灯りは…敵襲だ!!」
「シット!!警報だ!警報を鳴らせ!!」

これもかなりテンプレ的な会話ですよね。戦場のお約束というか掟というか、多分結婚する予定の彼はこの敵襲であっさり亡くなるんじゃないかという気配すら想像できます。

さて、ではここで例示した二つのテンプレ的な会話を同時に聞いてみたらどうでしょうか。多分どちらかに気を取られてしまい、片方は聞き流されるか、どちらも聞き流されてしまうでしょう。実際に試してみたいところですが「同時に」という事が出来ない文章では、そういうことはできません。

そこで混ぜてみることにしました。


「ち、こんな時に歩哨とはな、ついてねーぜ」
「ご飯よー」
「まぁそういうなよ」
「はーい!」
「あーあ、はやく国に帰りてえよ」
「ちゃんと手は洗ったのか?」
「例の恋人か?」
「さっき洗ったよー」
「ああ、このくだらねぇ戦争が終わったら…結婚するんだ」
「お父さん、食事中くらいテレビ消してくださいな」
「ふん…まぁお前にはお似合いのソバカスさんだよな」
「今いいところなんだ。もう少しだけ」
「こいつ!…式にはきてくれよな」
「わー!今日はカレーかー!」
「ああ、必ずな。だから生きて帰ろうぜ…ん?」
「もう!お父さん!」
「あの灯りは…敵襲だ!!」
「わかった、わかった」
「シット!!警報だ!警報を鳴らせ!!」


うん、なんだか物凄くカオスです。

6−7行目などは、ここだけ抽出するとなにか男子中学生的な意味で色々想像出来てしまいそうです。最後なんかお母さんのカミナリに警報まで鳴らしちゃってます。なにが起きてるのか全く分かりません。ですが、なーんとなく情報やイメージが想像出来てしまうのが、同時ではなく順列でしか表現できない文章の面白いところなんでしょうね。

他にも例えば受験本番を控えた予備校生同士の会話、痛ましいニュースなどにコメントするワイドショーキャスターとゲストの会話、不倫相手との精算をしようとしている男女の会話や、保険会社のセールストークなどをごちゃごちゃに混ぜてみたら、きっとかなりカオスで新しい世界が見えそうな内容になるんじゃないかなあと思うわけです。

ちょっと面白そうなんで、しばらく追求してみようかな。

(C) G-LABO Gengi-DOJO.