【 2005年02月07日-09:16 のつぶやき 】
■ チープシアターシンドローム。
今更いうまでもなく、僕はデブである。
どれくらいデブであるかというと、おおよそ『実重百貫デブ(1/3モデル)』というくらいのデブである。これがどれくらいの重量になるのかは各自で調べて欲しい。
そんな僕であるから、人並みはずれて身体もデカい。身長こそ173cmほどしかないのだが、横幅と奥行きがあるのだ。
さらに冬の時期というのは冬眠こそしないが、着ぶくれをするので、さらにデカくなる。どれほどデカくなるかというと、コート着用時にはJRの3人がけの席ならば、僕が座ったらあと一人しか座れないというくらいのデカさだ。本当に申し訳ないと思う。
そんな僕であるが、先日、ひょんなことから映画のお誘いを受けた。お仕事での試写会とかそういうわけではなく、プライベートでの映画鑑賞に誘われたのだ。しかも嬉しいことにお相手は妙齢の女性である。
これは世間一般でいうところの「おデート」というヤツではなかろうかと胸をときめかせたりもしたのだが、行く先の映画館を知って愕然とし、そして呆然とし、最終的には断腸の思いでお断りすることにした。
僕如きの為に随分と「そんなこといわずに…」「えー…だめなんですか…」などと食い下がって(?)くれたのだが、僕には断らざるを得ない事情があったのだ。まさに断腸の思い、血の涙とか鼻血とか色々なモノを流しながら苦渋の選択とか号泣しながら馬謖を斬るというくらいの勢いで断ったのだ。
僕は映画が好きだ。むしろ大好きだ。金のないガキの時分から映画の面白さに取り憑かれ、テレビ放送の映画は全て欠かさずチェックしていた。レンタルビデオという文化が出来てからは、ものすごい勢いで小遣いを放り込んだ。
その熱は1991年、つまり高校生にあがるまで続いた。なぜ突然冷めたかといえば、高校からは映画ではなくアニメとエロゲーにずっぽりハマってしまったからというわけであり、別に映画がキライになったわけではない。
しかし僕はある時から劇場に映画を見に行くことがほとんどなくなった。落ち着いてみられない、好きなときに席を立てない、レンタルに比べて高すぎる、気に入った映画はDVDで手元においておきたい…そんなものが僕の用意したエクスキューズだった。
だがこれらはエクスキューズというよりは詭弁だ。だから例外として映画を劇場に観に行くこともあった。つまり映画館に行きたがらない本当の理由は別にあるのだ。
本当の理由。それは「席の狭さ」、それに尽きるのだ。
古い映画館というのは古い日本人サイズに座席が作られている。太っていなくとも背が高く身体が大きい人も狭さを感じるだろう。年々増してゆく日本人の平均身長にそぐわないサイズの設備なのだ。ましてや33.3333貫デブとなると、まず座るのも一苦労といった状況になる。
さらに映画館の椅子には肘掛けもついている。リラックスして鑑賞する為の設備なのだろうが、僕にとっては腰骨と脇腹を締め付ける拘束具兼拷問具でしかない。まさに要らぬ気遣いである。殺す気か!と思うことさえあるほどなのだ。
さらにあの狭い感覚での席配置も困る。足が長く無くても胴体やケツの厚みがあれば、自然と足は前に出てしまう。それだけでも窮屈きわまりないというのに、そこを人が通るなどということになったら、まさに進退窮まった事になってしまう。
長いだけの足ならば体育座りのように足を曲げれば、通路を確保できるだろう。しかしながらデブの場合はそうはいかないのだ。そもそも体育座りのように膝をあげようにも腹がつかえてしまう。そもそも足だけでなく胴体からケツまでが「みっしり」状態なので、膝を曲げるだの足をあげるだののスペースなど存在しないのだ。
そこを何度も通られたりしようものなら、いちいち席を立って荷物をよけて席を畳んで、空いたスペースに立ってやり過ごすということを繰り返さねばならない。これは苦痛と屈辱以外のなにものでもない。
そういうわけで僕は最新設備で椅子がやや大きく、通路も広く、席間隔も広いという映画館でなければ出向かないことにしているのだ。立ったり座ったりが面倒くさいだの席が狭いだのだけなら構わないといえば構わないのだが、笑えないことに世の中には『エコノミー症候群』なるものがある。狭い席にデブを押し込んで数時間身じろぎもせずにおかせるということは、デブにとってはリアルに命に関わる問題、まさに死活問題なのだ。
そして今回お誘いいただいた映画は、都内某所にある単館アート系のこじんまりとした映画館のみで限定上映されている映画だったのだ。しかも上映時間も普通のハリウッド映画の2時間サイズの尺ではなく、余裕の3時間オーバーの作品。
ハコに応じて席数も少ないのだが、ハコが小さすぎて席も小さく、座ったが最後まるで身動き出来ないことは確定。そんなところで3時間以上もギチギチに固定されていようものなら、エコノミー症候群まっしぐら、ブッチギリでネコまっしぐら、お先真っ暗である。
そんな事情があって、僕はお誘いを辞退した。辞退せざるを得なかったのだ。しかも「デブ過ぎて死ぬのでいけません」とは云えないし、事情を説明してもわかってもらえないだろうから、辞退の文句も非常に歯切れの悪いことになってしまった。
それに相手は映画に誘っているのであり「映画はあわないので他の事を…」と誘いなおせるほど僕も厚顔無恥ではなく、相手にしてみれば「なんやかんやいって私とでかけるのがイヤなのねっ!」と受け取られても致し方ないといったところである。
デブであるばかりに映画にいけず、デブであるばかりに「それでも」誘ってくれる人の誘いを断ることになり、デブであるばかりに映画を観るのも命がけという悲しい事実。
「それじゃまた、日程があうときにでもお誘いしますねー」という台詞と共に切られた電話は、二度とかかってこないことを確信しつつ、僕はフテ寝すべく布団へともぐりこんだ。
バレンタインデーなるイベントを一週間ほど後に控えた、このタイミングでの出来事である。なんというか逃したフラグはデカい気がしてならない。
――世の女性の皆さん…デブを映画館に誘わないでやって下さい…。
(「フラグ」とかいう発想が既にダメ)
どれくらいデブであるかというと、おおよそ『実重百貫デブ(1/3モデル)』というくらいのデブである。これがどれくらいの重量になるのかは各自で調べて欲しい。
そんな僕であるから、人並みはずれて身体もデカい。身長こそ173cmほどしかないのだが、横幅と奥行きがあるのだ。
さらに冬の時期というのは冬眠こそしないが、着ぶくれをするので、さらにデカくなる。どれほどデカくなるかというと、コート着用時にはJRの3人がけの席ならば、僕が座ったらあと一人しか座れないというくらいのデカさだ。本当に申し訳ないと思う。
そんな僕であるが、先日、ひょんなことから映画のお誘いを受けた。お仕事での試写会とかそういうわけではなく、プライベートでの映画鑑賞に誘われたのだ。しかも嬉しいことにお相手は妙齢の女性である。
これは世間一般でいうところの「おデート」というヤツではなかろうかと胸をときめかせたりもしたのだが、行く先の映画館を知って愕然とし、そして呆然とし、最終的には断腸の思いでお断りすることにした。
僕如きの為に随分と「そんなこといわずに…」「えー…だめなんですか…」などと食い下がって(?)くれたのだが、僕には断らざるを得ない事情があったのだ。まさに断腸の思い、血の涙とか鼻血とか色々なモノを流しながら苦渋の選択とか号泣しながら馬謖を斬るというくらいの勢いで断ったのだ。
僕は映画が好きだ。むしろ大好きだ。金のないガキの時分から映画の面白さに取り憑かれ、テレビ放送の映画は全て欠かさずチェックしていた。レンタルビデオという文化が出来てからは、ものすごい勢いで小遣いを放り込んだ。
その熱は1991年、つまり高校生にあがるまで続いた。なぜ突然冷めたかといえば、高校からは映画ではなくアニメとエロゲーにずっぽりハマってしまったからというわけであり、別に映画がキライになったわけではない。
しかし僕はある時から劇場に映画を見に行くことがほとんどなくなった。落ち着いてみられない、好きなときに席を立てない、レンタルに比べて高すぎる、気に入った映画はDVDで手元においておきたい…そんなものが僕の用意したエクスキューズだった。
だがこれらはエクスキューズというよりは詭弁だ。だから例外として映画を劇場に観に行くこともあった。つまり映画館に行きたがらない本当の理由は別にあるのだ。
本当の理由。それは「席の狭さ」、それに尽きるのだ。
古い映画館というのは古い日本人サイズに座席が作られている。太っていなくとも背が高く身体が大きい人も狭さを感じるだろう。年々増してゆく日本人の平均身長にそぐわないサイズの設備なのだ。ましてや33.3333貫デブとなると、まず座るのも一苦労といった状況になる。
さらに映画館の椅子には肘掛けもついている。リラックスして鑑賞する為の設備なのだろうが、僕にとっては腰骨と脇腹を締め付ける拘束具兼拷問具でしかない。まさに要らぬ気遣いである。殺す気か!と思うことさえあるほどなのだ。
さらにあの狭い感覚での席配置も困る。足が長く無くても胴体やケツの厚みがあれば、自然と足は前に出てしまう。それだけでも窮屈きわまりないというのに、そこを人が通るなどということになったら、まさに進退窮まった事になってしまう。
長いだけの足ならば体育座りのように足を曲げれば、通路を確保できるだろう。しかしながらデブの場合はそうはいかないのだ。そもそも体育座りのように膝をあげようにも腹がつかえてしまう。そもそも足だけでなく胴体からケツまでが「みっしり」状態なので、膝を曲げるだの足をあげるだののスペースなど存在しないのだ。
そこを何度も通られたりしようものなら、いちいち席を立って荷物をよけて席を畳んで、空いたスペースに立ってやり過ごすということを繰り返さねばならない。これは苦痛と屈辱以外のなにものでもない。
そういうわけで僕は最新設備で椅子がやや大きく、通路も広く、席間隔も広いという映画館でなければ出向かないことにしているのだ。立ったり座ったりが面倒くさいだの席が狭いだのだけなら構わないといえば構わないのだが、笑えないことに世の中には『エコノミー症候群』なるものがある。狭い席にデブを押し込んで数時間身じろぎもせずにおかせるということは、デブにとってはリアルに命に関わる問題、まさに死活問題なのだ。
そして今回お誘いいただいた映画は、都内某所にある単館アート系のこじんまりとした映画館のみで限定上映されている映画だったのだ。しかも上映時間も普通のハリウッド映画の2時間サイズの尺ではなく、余裕の3時間オーバーの作品。
ハコに応じて席数も少ないのだが、ハコが小さすぎて席も小さく、座ったが最後まるで身動き出来ないことは確定。そんなところで3時間以上もギチギチに固定されていようものなら、エコノミー症候群まっしぐら、ブッチギリでネコまっしぐら、お先真っ暗である。
そんな事情があって、僕はお誘いを辞退した。辞退せざるを得なかったのだ。しかも「デブ過ぎて死ぬのでいけません」とは云えないし、事情を説明してもわかってもらえないだろうから、辞退の文句も非常に歯切れの悪いことになってしまった。
それに相手は映画に誘っているのであり「映画はあわないので他の事を…」と誘いなおせるほど僕も厚顔無恥ではなく、相手にしてみれば「なんやかんやいって私とでかけるのがイヤなのねっ!」と受け取られても致し方ないといったところである。
デブであるばかりに映画にいけず、デブであるばかりに「それでも」誘ってくれる人の誘いを断ることになり、デブであるばかりに映画を観るのも命がけという悲しい事実。
「それじゃまた、日程があうときにでもお誘いしますねー」という台詞と共に切られた電話は、二度とかかってこないことを確信しつつ、僕はフテ寝すべく布団へともぐりこんだ。
バレンタインデーなるイベントを一週間ほど後に控えた、このタイミングでの出来事である。なんというか逃したフラグはデカい気がしてならない。
――世の女性の皆さん…デブを映画館に誘わないでやって下さい…。