■ 知られざる伝説。

僕は埼玉県のさいたま市に住んでいます。

三市合併前の名称でいえば大宮市で、その前は浦和市。さらにその前は草加市に住んでおり、生まれたのは浦和市でした。つまり、生粋の埼玉県人です。でも本籍は長野県。

ま、それはともかく。昨年にはめでたく政令指定都市となった我が町さいたま市なわけなんですが、さいたま市はさいたま市でも、僕はさいたま市のかなり外れの方に住んでいるんです。

どれくらい外れかといいますと、隣の市まで徒歩でいける程度。そりゃ近い。正直さいたま市民を名乗るのが恥ずかしいくらいです。浦和市に住んでいた頃も、浦和市の相当外れの方でして、こちらも隣の市まで歩いていける程度でした。なにやら市境に縁でもあるんでしょうか。


さて、そんなさいたま市ですが、一応税金も納めている真っ当な市民のハズの僕が、全く知らないところで、その領土を拡大していたようです。いやもう、本当に知りませんでした。何事だ。

新しくさいたま市に吸収合併されたのは岩槻市。そう、僕の家から徒歩で辿り着ける隣の市です。この岩槻市はひな人形や五月人形の産地として、割と全国的に有名らしいのですが、なんでそんなもんが有名なのか、近所のくせによく知りません。

しかしながら国道沿いには、それをアッピールする看板が立ち並びまくり、市内に入ればいたるところに「これでもか!これでもか!人形を、人形を喰らいやがれッ!!」とでも云うような、怒濤の迫力で人形の町をアッピールしています。

そんな岩槻市には、近所と云うこともあって時々遊びにも行きますし、学生時代のバイト先のいくつかもそっち側にあったりもして、いわば一応は地元テリトリーの一部ではあるのです。

しかし、その町が唐突に同じ市になったというのは意外というかなんというか、本当に驚きました。大体、そんなに領土を拡大してどうするつもりなんでしょうか。東京23区と戦争でも起こす気か。だとしたら間に挟まれた蕨市・川口市・戸田市の扱いはどうするつもりなんだ。非武装地帯か。


まぁそんなくだらない会話を地元の友人達と交わしていたわけなのですが、岩槻市が合併された事も知りませんでしたが、いつのまにかさいたま市各区のイメージカラーが決まったという事も知りませんでした。

慌てて市のホームページをチェックしてみると、なるほどトップページに「さいたまし10区のイメージカラーが決まりました」というお知らせがあります。イメージカラーの選定をしたのは、さいたま市の未来を担う市内各区110の小中学校の生徒。応募総数は1457件だったそうです。

で、そのアイデアから人気の色を組み合わせた4案から市民投票で決定したとのこと。えーと、僕は一応市民なのですが、そんな投票があった事実すら知りません。どういうことだろう、それは。

ま、まぁそれはともかく、決定した区ごとの色と、子ども達がその色を選んだ理由が書かれているわけですよ。

西区  あお 川がたくさんあるから
北区  ふかみどり 盆栽のまちとして有名だから
大宮区 オレンジ 大宮アルディージャのチームカラーだから
見沼区 そらいろ 自然が豊かで澄んだ空が広がっているから
中央区 バラ色 バラの花のまちとして有名だから
桜区  さくら色 区の名前にふさわしく、サクラソウの自生地もあるから
浦和区 あか 浦和レッズのチームカラーだから
南区  レモン色 区の若々しいイメージに合っているから
緑区  みどり 区の名前にふさわしく、緑もたくさんあるから
岩槻区 やまぶき色 「やまぶきの花」にまつわる伝説があるから

と、こんな感じです。

なるほど、地元のことを勉強しただけあって、なかなかにわかりやすい理由付けです。レッズとアルディージャという、さいたま市の抱える2大サッカーチームが理由に挙がっているところも、それはそれ、子どもらしく実にいいではないですか。

気になるのは中央区の『バラ色』と、南区の『レモン色』でしょうか。バラにも色々あるわけですし、まぁ一般的に「バラ色」とした場合は白の光沢を持ったピンクとなるわけなのですが、微妙ですし、南区の「レモン色」に至っては、若々しい区ってどういう区だよと首を傾げたくなります。

そしてさらに気になるのが、件の岩槻市が合併された岩槻区の『やまぶき色』、理由としては『「やまぶきの花」にまつわる伝説があるから』となっているのですが、岩槻市の隣接エリアに住んで12年。そんな伝説聞いたことがありません。

気になったので、早速調べてみることにしました。といってもグーグル先生にお伺いをたてただけなのですが、検索結果は0件

おいおいおい。さいたま市の小中学生の皆さんよ。どこでその伝説仕入れたんだよ。それ、どえらいマイナーなんと違うんか。旧市民・現区民の皆さんは、その伝説を知っていて納得しているのか。どうなんだコラ。やんのか!やれるのか!!(なにをだ)


いやまぁ興奮しても仕方ないわけで、さらに調べてみたわけなのですが、岩槻市と山吹の花に関係ある伝説としては、太田道灌の話っくらいしかインターネットの世界にはありませんでした。

このエピソードは割と有名らしく、ある日遠乗りして鷹狩りに出かけた太田道灌が大雨に見舞われ、これはたまらんと近所の見窄らしい農家に駆け込み、蓑(みの/わら作りの雨合羽みたいなもん)を借りようと頼んだところ、応対したその農家の少女は、外に出ると山吹の花をとってきて、道灌に差し出したんですね。

「いや、俺が欲しいのは箕であって花じゃねーよ!」とツッコミを入れたかどうかはわかりませんが、とりあえず蓑を貸して貰えそうにないということで、プンプン怒りながらも仕方なく、ずぶ濡れで帰宅したわけです。

で、後日その事を部下に話すと、部下の一人が「後拾遺集に醍醐天皇の皇子・中務卿兼明親王が詠まれたものに【七重八重花は咲けども山吹の(実)みのひとつだになきぞかなしき】という歌があります。その娘は蓑ひとつなき貧しさを山吹に例えたのではないでしょうか」と進言。なるほどと道灌は恥じ入って、以来歌道に邁進したとかなんだとか、そんな話です。

ちなみに、なんであんな山奥の農家に、そんな風雅な事をする子どもがいるものかと思いつつも、自らの不明を恥じ入った道灌は、部下に蓑を持たせて農家に行かせたそうですが、そこは既に誰も住んでおらず、空き家になっていた、なんていう少々怪談風味な後日談もあるそうです。

太田道灌といえば江戸城を築城した人として有名なわけですが、埼玉県川越市の川越城、そして岩槻の岩槻城を作ったのも彼ですので、この道灌と山吹の花のエピソードが、岩槻にも残っているのかも知れませんね。いやひょっとしたら、全然違う「やまぶきの花」伝説があるのかもしれませんが。


ちなみにこの山吹の花伝説の大本は江戸時代の湯浅常山著「常山紀談 巻之一」にある「太田持資歌道に志す事」の段だそうです。しかし舞台とされる場所は岩槻ではなく、同じ埼玉県ですが入間郡越生町で、この伝説をモチーフにした「山吹の里公園」なるスポットもあるそうです。

んが。さすが伝説だけあって、その舞台は奪い合いになっているのか、都内の高田馬場最寄りにも、同じエピソードを元にした同名の公園があったりもします。実際はどっちだったんでしょうねえ。しかし、いずれにしても岩槻には全く関係なさそうな気がしてきました。っつーか場所的にはまるで関係ないんじゃないでしょうか、これ。

もしこれが当該の「やまぶきの花」伝説だとしたら、なにかの間違いで、さいたま市がさらに領土を拡大して入間郡まで組み込まれた場合、イメージカラーの奪い合いが起きそうです。さらに新宿区も参戦とか。うわー負けそー。


まぁもし仮にこれが岩槻区のカラーを決める決定打となった伝説ならば、正体不明の少女が道灌に差し出したのが山吹の花で本当に良かったと思います。何かの手違いで、みのもんたでも差しだそうモノなら、



岩槻区のカラーは「浅黒い肌色」
なっていたかもしれませんから。

(いや、そもそも江戸時代にみのもんたはいねーよ)

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