【 2005年11月02日-19:49 のつぶやき 】
■ オチもなにもないダーツのお話。
あと4日――。
次の日曜日、つまり11月6日は新宿ロスカボスで、NEXTレジェンドオブロスカボス/BCフライト限定トーナメント決勝戦に参加してきます。
思えば先月半ばに御茶ノ水ロスカボスでの予選を勝ち抜いて出場資格を得てからの、この2週間は、本当に浮いたり沈んだりを繰り返してきました。
ダーツを初めてから、大体9ヶ月になります。そこそこの速さで一時はAフライトまで上がりましたが、その後は暴落の一途を辿り、一時期はBフライトまで暴落しましたが、最近になってようやくBBフライトに安定しました。
安定とはある意味では実力の定着でもあります。五月にダーツライブのカードを購入し、自分の成績を貯めてきた僕は、それからの半年で、あれよあれよとここまで来てしまったので、「自分の本当の実力」がどこにいるかというところがあまり認識できていないところもあったんです。
それが、ようやくここに来て納得できる「今の自分の安定した実力」を知ることができたといったところでしょうか。勿論ここから上を目指す意欲は十二分にありますが、昇りっぱなしで壁らしい壁を感じることなく来てしまい、いつ落下するかとひやひやしながら打っていたのがウソのような落ち着きっぷりです。
というのも、ここしばらくは、同じ時期にダーツをはじめた仲間内では頭一つ抜けてしまった感もあり、かといってAAの人達と撃てば「善戦」レベル。「自分はまだまだこんなもんじゃない」という気持ちと「自分はこんなもんなのか」という気持ちのせめぎ合いもあって、かなり不安定な状態でダーツをやっていたんです。
打てば打っただけ伸びていた時期はダーツが楽しくて仕方なかったものの、上では通用せず、かといって同じレベルには負けないという半端な状態。そんな不安定な中でのダーツは、正直苦痛の連続でした。そしてそれは伸び悩みとはまたちょっと違うところでの苦痛なんですよね。
例えばハウストーナメントなどのダブルスでは、基本的に僕くらいの腕前ではファーストを打たされます。ダーツにおけるファーストとは実力が上の人間がやるもの。そして「ダブルスは勝てたのはセカンドのおかげ、負けるのはファーストのせい」という言葉があるくらい、全ての責任がファーストにのし掛かってくるのです。
AAフライトレベル、または安定したAフライトレベルのファーストならば、そうした全責任を負えるだけの実力もあるのでしょうが、BBフライト、ましてや実力もメンタルも中途半端な状態の僕にはそんな実力はありません。ですがセカンドに期待をしてもいけない。結果として勝てない。本当にそれの繰り返しだったんです。
単純な話、負ければ面白くないわけです。まだこれから伸びていこうとしていて、その為にも最も勝ちが欲しい時期なのに負ける。実力相応の仕事をしただけじゃ勝てない。でも、それは自分のせいにしか出来ない。そんなジレンマです。
普通ならばセカンドを何度も経験して、勝ちを憶えて、その上で強くなっていって、だんだんとファーストを打てるようになっていくというのが成長のセオリーなのでしょうが、僕の場合は全くセオリー通りではない道を辿ってしまったんですね。なにしろハウストーナメントであれなんであれセカンドを打ったのって初参加のハウストーナメントの一度だけですから。
自分の不安定な実力に苛立ちを感じ、勝てないことに辛さを憶え、一時期はダーツを遠ざけて「たかが趣味なんだから、そこまで熱くなるなんてバカバカしいじゃないか。ここまで来たのだからそれでいいじゃん」なんて考えようとした事もありました。それくらい不安定で浮沈が激しかったんです。
少し話が逸れますが、僕は小学一年生から格闘技をやっていました。真剣にプロレスラーに憧れていたこともありました。そこに求めたのは「強さ」でした。
でも、諦めてしまいました。云い方を変えれば半端に終わってしまったんです。交通事故の後遺症や椎間板ヘルニアの苦痛や諸症状。それらが理由であったというのは事実ですし、それを理由にしてしまうのは簡単です。
ですが最終的に、そのまま「強さ」を求めて進めなかったのは覚悟や気持ちが足りなかったからなんですよ。折れたのは骨ではなく、心だったんです。
ダーツなんて、たかだか「趣味」の一つですから、バカバカしい話かも知れません。ですが「強さ」を求めることを諦めてしまった僕にとって、再び「強さ」を求めることが出来る機会を与えてくれたダーツは本当に大きな存在だったんです。
勿論、ここでいう強さとは肉体的・武力的強さではありません。ダーツにとって大事なのはもちろん技術でもありますが、それを得る為に努力できる「強さ」、そしてメンタルの「強さ」という「人間力としての強さ」なんです。
腰や利き手利き足に生じた障害、それによって肉体的な強さを得る道は絶たれ、僕は心を折ってしまいました。ですがダーツは違います。足が利かなくなっても車椅子で投げている人もいる、隻腕になっても投げているプレイヤーだっている、隻眼や弱視のプレイヤーも数多くいるんです。
上体を起こしていられるだけの身体、そしてダーツを投げることが出来る片腕、ボードを注視できるだけの視力。これだけが残っていれば、年齢さえも関係なく、どこまででも上手くなることが出来るスポーツ。それがダーツです。
打突は出来なくなっても、受け身はとれなくなっても、僕にはまだまだ健康な四肢がありますし、視力もあります。そしてダーツに対する情熱もある。流行り廃りは最早関係なくなりました。ただかつて諦めてしまった「強さ」を求めること。それを続けていたい。それに尽きるんです。
そう考えた時に、ふっと憑き物が落ちた様な気がしました。今は下手でも弱くても決定力が足りなくても良い。負ければ悔しいです。下手したら泣くほど悔しいでしょう(笑)。でも悔しい思いをしたならば、そこから這い上がれればいい。最後まで心を折らないこと、そして「強くなること」を諦めないこと。
こんな風に自分の「今の実力」をしっかりと理解して、その上で「さらなる強さ」を求める「覚悟」を決めた時から、僕にとってダーツは単なる「趣味」から、まさに「生涯スポーツ」へと変わりました。
強くなる為にと信じて、砂袋に拳を打ち込み、板の間やコンクリートの上で拳立てをし、硬いモノをスネで蹴り飛ばしていた頃に持っていた「あの気持ち」を今の僕はしっかりと持っています。
「ダーツに出会えて良かった」――心からそう云えるように、そして、その言葉に恥じないプレイが出来るように、6日のトーナメントは全力を出して戦ってきます。
次の日曜日、つまり11月6日は新宿ロスカボスで、NEXTレジェンドオブロスカボス/BCフライト限定トーナメント決勝戦に参加してきます。
思えば先月半ばに御茶ノ水ロスカボスでの予選を勝ち抜いて出場資格を得てからの、この2週間は、本当に浮いたり沈んだりを繰り返してきました。
ダーツを初めてから、大体9ヶ月になります。そこそこの速さで一時はAフライトまで上がりましたが、その後は暴落の一途を辿り、一時期はBフライトまで暴落しましたが、最近になってようやくBBフライトに安定しました。
安定とはある意味では実力の定着でもあります。五月にダーツライブのカードを購入し、自分の成績を貯めてきた僕は、それからの半年で、あれよあれよとここまで来てしまったので、「自分の本当の実力」がどこにいるかというところがあまり認識できていないところもあったんです。
それが、ようやくここに来て納得できる「今の自分の安定した実力」を知ることができたといったところでしょうか。勿論ここから上を目指す意欲は十二分にありますが、昇りっぱなしで壁らしい壁を感じることなく来てしまい、いつ落下するかとひやひやしながら打っていたのがウソのような落ち着きっぷりです。
というのも、ここしばらくは、同じ時期にダーツをはじめた仲間内では頭一つ抜けてしまった感もあり、かといってAAの人達と撃てば「善戦」レベル。「自分はまだまだこんなもんじゃない」という気持ちと「自分はこんなもんなのか」という気持ちのせめぎ合いもあって、かなり不安定な状態でダーツをやっていたんです。
打てば打っただけ伸びていた時期はダーツが楽しくて仕方なかったものの、上では通用せず、かといって同じレベルには負けないという半端な状態。そんな不安定な中でのダーツは、正直苦痛の連続でした。そしてそれは伸び悩みとはまたちょっと違うところでの苦痛なんですよね。
例えばハウストーナメントなどのダブルスでは、基本的に僕くらいの腕前ではファーストを打たされます。ダーツにおけるファーストとは実力が上の人間がやるもの。そして「ダブルスは勝てたのはセカンドのおかげ、負けるのはファーストのせい」という言葉があるくらい、全ての責任がファーストにのし掛かってくるのです。
AAフライトレベル、または安定したAフライトレベルのファーストならば、そうした全責任を負えるだけの実力もあるのでしょうが、BBフライト、ましてや実力もメンタルも中途半端な状態の僕にはそんな実力はありません。ですがセカンドに期待をしてもいけない。結果として勝てない。本当にそれの繰り返しだったんです。
単純な話、負ければ面白くないわけです。まだこれから伸びていこうとしていて、その為にも最も勝ちが欲しい時期なのに負ける。実力相応の仕事をしただけじゃ勝てない。でも、それは自分のせいにしか出来ない。そんなジレンマです。
普通ならばセカンドを何度も経験して、勝ちを憶えて、その上で強くなっていって、だんだんとファーストを打てるようになっていくというのが成長のセオリーなのでしょうが、僕の場合は全くセオリー通りではない道を辿ってしまったんですね。なにしろハウストーナメントであれなんであれセカンドを打ったのって初参加のハウストーナメントの一度だけですから。
自分の不安定な実力に苛立ちを感じ、勝てないことに辛さを憶え、一時期はダーツを遠ざけて「たかが趣味なんだから、そこまで熱くなるなんてバカバカしいじゃないか。ここまで来たのだからそれでいいじゃん」なんて考えようとした事もありました。それくらい不安定で浮沈が激しかったんです。
少し話が逸れますが、僕は小学一年生から格闘技をやっていました。真剣にプロレスラーに憧れていたこともありました。そこに求めたのは「強さ」でした。
でも、諦めてしまいました。云い方を変えれば半端に終わってしまったんです。交通事故の後遺症や椎間板ヘルニアの苦痛や諸症状。それらが理由であったというのは事実ですし、それを理由にしてしまうのは簡単です。
ですが最終的に、そのまま「強さ」を求めて進めなかったのは覚悟や気持ちが足りなかったからなんですよ。折れたのは骨ではなく、心だったんです。
ダーツなんて、たかだか「趣味」の一つですから、バカバカしい話かも知れません。ですが「強さ」を求めることを諦めてしまった僕にとって、再び「強さ」を求めることが出来る機会を与えてくれたダーツは本当に大きな存在だったんです。
勿論、ここでいう強さとは肉体的・武力的強さではありません。ダーツにとって大事なのはもちろん技術でもありますが、それを得る為に努力できる「強さ」、そしてメンタルの「強さ」という「人間力としての強さ」なんです。
腰や利き手利き足に生じた障害、それによって肉体的な強さを得る道は絶たれ、僕は心を折ってしまいました。ですがダーツは違います。足が利かなくなっても車椅子で投げている人もいる、隻腕になっても投げているプレイヤーだっている、隻眼や弱視のプレイヤーも数多くいるんです。
上体を起こしていられるだけの身体、そしてダーツを投げることが出来る片腕、ボードを注視できるだけの視力。これだけが残っていれば、年齢さえも関係なく、どこまででも上手くなることが出来るスポーツ。それがダーツです。
打突は出来なくなっても、受け身はとれなくなっても、僕にはまだまだ健康な四肢がありますし、視力もあります。そしてダーツに対する情熱もある。流行り廃りは最早関係なくなりました。ただかつて諦めてしまった「強さ」を求めること。それを続けていたい。それに尽きるんです。
そう考えた時に、ふっと憑き物が落ちた様な気がしました。今は下手でも弱くても決定力が足りなくても良い。負ければ悔しいです。下手したら泣くほど悔しいでしょう(笑)。でも悔しい思いをしたならば、そこから這い上がれればいい。最後まで心を折らないこと、そして「強くなること」を諦めないこと。
こんな風に自分の「今の実力」をしっかりと理解して、その上で「さらなる強さ」を求める「覚悟」を決めた時から、僕にとってダーツは単なる「趣味」から、まさに「生涯スポーツ」へと変わりました。
強くなる為にと信じて、砂袋に拳を打ち込み、板の間やコンクリートの上で拳立てをし、硬いモノをスネで蹴り飛ばしていた頃に持っていた「あの気持ち」を今の僕はしっかりと持っています。
「ダーツに出会えて良かった」――心からそう云えるように、そして、その言葉に恥じないプレイが出来るように、6日のトーナメントは全力を出して戦ってきます。