【 2005年11月04日-13:43 のつぶやき 】
■ 努力と根性な世界。
先日こんな記事を書いたわけですが。
うちのサイトのダーツ関連記事を読んで、ダーツをはじめた方、そしててそれ以前から、または全く別のアプローチからダーツをはじめた方などから、さまざまなメールをいただきました。
基本的には皆さん一様に「私もダーツ頑張ります!」とポジティブな方向に考えられるようになったという内容で、当の記事の内容は本当に個人的な決意表明というかなんというかだったのに、そんな風に思ってくれる人がいたということに驚きつつも、とても嬉しく思いました。
くどいようですが僕は明日には三十歳という年齢になります。この歳になってまさかこんなに熱くなれるモノに出会えるとは、思いも寄らなかったんですよね。
だって「練習」とか「上達」なんて、習い事かなんかをやっている人でない限り得られるモノじゃないでしょう。おまけにそこに「勝負」なんてものまでついてくるわけですよ。こんなの本当に中高時代の部活以来ですよ。
学生を卒業した社会人としての日常生活の中で、緊張して手足が震えるだの、負けて悔しい思いをするだの、勝って喜びを爆発させるだの、寸暇を惜しんで練習するだのなんて、なかなかに有り得ないものですからね。
なんといいますか、十年以上眠っていた「スポ根」魂に、完全に火がついたというような状態です。僕の場合はそこにさらに「強くなりたい」という、少年時代からの欲求にも飛び火した状態なんでしょうね(笑)。
BBフライト野郎なわけでして、大して上手くもない僕がこんな事を云うのは、実に烏滸がましいのですが、やっぱりどんなものにでも、そして誰にでも、多かれ少なかれ伸び悩みはあります。
ダーツは基本的には正確な動作の反復運動ですから、投げれば投げるほど、そしてそれが正確であればあるほど上達していくものです。となると、上達は練習量に比例するわけですよね。
もちろん練習自体の効率や、正しい方向性での練習かどうかということも重要ですが、根本的には「練習量に比例」で間違いではないと思っています。
で、そうなってくると、どれだけダーツ(の練習に)時間を割けたかって事になってくると思うのですが、これはなかなかに難しい問題です。投げる環境がなければダーツバーなりなんなりに出向かなければなりませんし、その時間を作らなければならない。
そして外で投げる場合は、それに伴って金銭的負担も出てくるわけです。そうなると、そうしょっちゅう出来るというわけではなくなってきてしまいますよね。多くの人が、ここで上達への道を諦めてしまったり、そこまではいかなくともジレンマに陥ったりしているようです。でも、だからこそ「ここ」が上手くなれるかどうかの分かれ目になるのだと、僕は思うんですよ。
あんまりわかりやすい図解ではないですが、こんな感じに「ダーツのやれること」は分布していると僕は考えています。

「下に行くほど誰でもやりやすく、上に行くほどなかなかやりにくい」と見ることも出来ますし、「下に行くほど簡単で、上に行くほど難易度が高い」と見ることも出来ますし、「下にいくほど地道な経験値で、上に行くほど大きな経験値」と見ることも出来ると思います。また対費用効果としても「下に行くほど安く、上に行くほど高い」と見ることも出来ないことはないかな、と。そんな感じですね。
で、話は戻って「上達への分かれ目」の話なんですが、先ほど話に上がったのは、図でいうと「ダーツバーなどのコイン制でのプレイ」や「まんが喫茶・ゲームセンターなど投げ放題」といったところでの練習の話なんですが、そこで「なかなか時間もないし機会もない」と諦めてしまうならば、その下でも、その上でも上達への道はあるということなんですよね。
素振りならばどこでも出来ますし、ダーツバーにいって使うお金を5回分くらい貯めればボードを購入することが出来ます。ブリッスルボードならば集合住宅でも刺さった時の衝撃音は大きくないので問題もありません。間取りの都合で2.44mの距離や173cmの高さがとれなくても、それなりの距離や高さであっても、十分に「狙ったところに入れる」練習は出来るんです。
また少ない機会でも、一人でダラダラと投げるのではなく、率先して強い人にお願いして一緒にゲームをやってもらうことで、アドバイスや上手い人のスローイングや構えなどを見ること、そして実際にターゲットに入っている弾道や戦略を見ることでも、計り知れない大きな経験を得ることが出来ます。
これが「下へも上へも上達への道はある」っていうことなんです。「なかなか機会がないから」ということで諦めてしまうか、それ以外の方法を模索して実践するか。つまり「モチベーションをどれだけ行動に結びつけることが出来るか」。全てはここに尽きると思うんです。
「実戦に勝る練習なし」ともいいますが、それ以上に基礎練習こそが何よりも大事だとも思います。かのワールドチャンピオンであるポール・リム氏は、未だに毎朝200回以上の素振りを欠かさないそうですし、日本のとあるトッププレイヤーは、トッププロに弟子入りした際、最初の数ヶ月はダーツを持つことすら許されず、ひたすら素振り、しかも日に二千回以上を義務づけられたといいます。
実際僕も毎日素振りを欠かすことはありません。自宅にボードも設置してありますから、実投をする練習環境もあるわけですが、それでもヒマを見ては素振りをしていますし、その動きが既にクセになっています。
拳や足先を人体の急所に正確に入れるという動きは少年時代からやって来ましたが、的に正確に投げ入れるだの、そもそもモノを投げるだののスポーツには全く無縁で育ってきましたので、センスがないことは重々承知しているんですよね(笑)。だからこそ基礎を大事にしているといったところでしょうか。
センスがないからコツコツと基礎を積み重ねていくしかない。いつかこの積み重ねがブルでもトリプルでもどかんどかん入るようなプレイに繋がると信じてやっていくしかない。そんな風に考えて今もずっとやっていますね。
入らなくてもくさらない。時間や機会がないからと諦めない。どれだけ投げてもなんか入らないと伸び悩んでも「もういいや」と折れない。こういうしつこいまでの探求心というか拘りというか、粘りというか。まぁそのあたりが「上達への道」なんじゃないかなぁと思うわけです。
練習したからといって上手くなるわけではないけれども、上手い人達はすべからく練習していますからね。烏滸がましくも実に口幅ったいことをつらつらと書いてしまいましたが、まーなんといいかすか最終的には「諦めずにコツコツとやっていきましょう」と、そういうことです!どうせダーツやるなら上手く打てた方が楽しいですもんね!
で、前回今回とこんな事を書いた僕ではありますが、試合2日前にして、数えるのも嫌になるくらい繰り返している、何度目かの絶不調モードに突入していまして…。
現在進行形で「大会棄権したい」だの「ダーツやめようかな」だのの愚痴をぶつぶつとこぼしています(笑)。なんというか台無し度MAX。
ああーもうー!!
一昨日の夜24時前後が試合だったら
勝てたのにぃ!勝てたのにぃッ!!
(ワガママMAXな子どもか貴様は)
うちのサイトのダーツ関連記事を読んで、ダーツをはじめた方、そしててそれ以前から、または全く別のアプローチからダーツをはじめた方などから、さまざまなメールをいただきました。
基本的には皆さん一様に「私もダーツ頑張ります!」とポジティブな方向に考えられるようになったという内容で、当の記事の内容は本当に個人的な決意表明というかなんというかだったのに、そんな風に思ってくれる人がいたということに驚きつつも、とても嬉しく思いました。
くどいようですが僕は明日には三十歳という年齢になります。この歳になってまさかこんなに熱くなれるモノに出会えるとは、思いも寄らなかったんですよね。
だって「練習」とか「上達」なんて、習い事かなんかをやっている人でない限り得られるモノじゃないでしょう。おまけにそこに「勝負」なんてものまでついてくるわけですよ。こんなの本当に中高時代の部活以来ですよ。
学生を卒業した社会人としての日常生活の中で、緊張して手足が震えるだの、負けて悔しい思いをするだの、勝って喜びを爆発させるだの、寸暇を惜しんで練習するだのなんて、なかなかに有り得ないものですからね。
なんといいますか、十年以上眠っていた「スポ根」魂に、完全に火がついたというような状態です。僕の場合はそこにさらに「強くなりたい」という、少年時代からの欲求にも飛び火した状態なんでしょうね(笑)。
BBフライト野郎なわけでして、大して上手くもない僕がこんな事を云うのは、実に烏滸がましいのですが、やっぱりどんなものにでも、そして誰にでも、多かれ少なかれ伸び悩みはあります。
ダーツは基本的には正確な動作の反復運動ですから、投げれば投げるほど、そしてそれが正確であればあるほど上達していくものです。となると、上達は練習量に比例するわけですよね。
もちろん練習自体の効率や、正しい方向性での練習かどうかということも重要ですが、根本的には「練習量に比例」で間違いではないと思っています。
で、そうなってくると、どれだけダーツ(の練習に)時間を割けたかって事になってくると思うのですが、これはなかなかに難しい問題です。投げる環境がなければダーツバーなりなんなりに出向かなければなりませんし、その時間を作らなければならない。
そして外で投げる場合は、それに伴って金銭的負担も出てくるわけです。そうなると、そうしょっちゅう出来るというわけではなくなってきてしまいますよね。多くの人が、ここで上達への道を諦めてしまったり、そこまではいかなくともジレンマに陥ったりしているようです。でも、だからこそ「ここ」が上手くなれるかどうかの分かれ目になるのだと、僕は思うんですよ。
あんまりわかりやすい図解ではないですが、こんな感じに「ダーツのやれること」は分布していると僕は考えています。

「下に行くほど誰でもやりやすく、上に行くほどなかなかやりにくい」と見ることも出来ますし、「下に行くほど簡単で、上に行くほど難易度が高い」と見ることも出来ますし、「下にいくほど地道な経験値で、上に行くほど大きな経験値」と見ることも出来ると思います。また対費用効果としても「下に行くほど安く、上に行くほど高い」と見ることも出来ないことはないかな、と。そんな感じですね。
で、話は戻って「上達への分かれ目」の話なんですが、先ほど話に上がったのは、図でいうと「ダーツバーなどのコイン制でのプレイ」や「まんが喫茶・ゲームセンターなど投げ放題」といったところでの練習の話なんですが、そこで「なかなか時間もないし機会もない」と諦めてしまうならば、その下でも、その上でも上達への道はあるということなんですよね。
素振りならばどこでも出来ますし、ダーツバーにいって使うお金を5回分くらい貯めればボードを購入することが出来ます。ブリッスルボードならば集合住宅でも刺さった時の衝撃音は大きくないので問題もありません。間取りの都合で2.44mの距離や173cmの高さがとれなくても、それなりの距離や高さであっても、十分に「狙ったところに入れる」練習は出来るんです。
また少ない機会でも、一人でダラダラと投げるのではなく、率先して強い人にお願いして一緒にゲームをやってもらうことで、アドバイスや上手い人のスローイングや構えなどを見ること、そして実際にターゲットに入っている弾道や戦略を見ることでも、計り知れない大きな経験を得ることが出来ます。
これが「下へも上へも上達への道はある」っていうことなんです。「なかなか機会がないから」ということで諦めてしまうか、それ以外の方法を模索して実践するか。つまり「モチベーションをどれだけ行動に結びつけることが出来るか」。全てはここに尽きると思うんです。
「実戦に勝る練習なし」ともいいますが、それ以上に基礎練習こそが何よりも大事だとも思います。かのワールドチャンピオンであるポール・リム氏は、未だに毎朝200回以上の素振りを欠かさないそうですし、日本のとあるトッププレイヤーは、トッププロに弟子入りした際、最初の数ヶ月はダーツを持つことすら許されず、ひたすら素振り、しかも日に二千回以上を義務づけられたといいます。
実際僕も毎日素振りを欠かすことはありません。自宅にボードも設置してありますから、実投をする練習環境もあるわけですが、それでもヒマを見ては素振りをしていますし、その動きが既にクセになっています。
拳や足先を人体の急所に正確に入れるという動きは少年時代からやって来ましたが、的に正確に投げ入れるだの、そもそもモノを投げるだののスポーツには全く無縁で育ってきましたので、センスがないことは重々承知しているんですよね(笑)。だからこそ基礎を大事にしているといったところでしょうか。
センスがないからコツコツと基礎を積み重ねていくしかない。いつかこの積み重ねがブルでもトリプルでもどかんどかん入るようなプレイに繋がると信じてやっていくしかない。そんな風に考えて今もずっとやっていますね。
入らなくてもくさらない。時間や機会がないからと諦めない。どれだけ投げてもなんか入らないと伸び悩んでも「もういいや」と折れない。こういうしつこいまでの探求心というか拘りというか、粘りというか。まぁそのあたりが「上達への道」なんじゃないかなぁと思うわけです。
練習したからといって上手くなるわけではないけれども、上手い人達はすべからく練習していますからね。烏滸がましくも実に口幅ったいことをつらつらと書いてしまいましたが、まーなんといいかすか最終的には「諦めずにコツコツとやっていきましょう」と、そういうことです!どうせダーツやるなら上手く打てた方が楽しいですもんね!
で、前回今回とこんな事を書いた僕ではありますが、試合2日前にして、数えるのも嫌になるくらい繰り返している、何度目かの絶不調モードに突入していまして…。
現在進行形で「大会棄権したい」だの「ダーツやめようかな」だのの愚痴をぶつぶつとこぼしています(笑)。なんというか台無し度MAX。
一昨日の夜24時前後が試合だったら
勝てたのにぃ!勝てたのにぃッ!!
(ワガママMAXな子どもか貴様は)