【 2005年11月10日-12:15 のつぶやき 】
■ 君に幸あれ 僕に福あれ
シンガーソングライターの高橋ひろさんが逝ってしまった。
亡くなったのは今月4日のことで、長年患っていた持病によるものだという。9日に元ファンクラブの方などに知らせが届き、ニュースや公式発表にはないが、彼のサイトのBBSなどには多くの追悼の言葉が寄せられている。
この人のことは、あまり知らない人の方が多いと思う。知っていることがあるとすれば、幽遊白書のエンディングテーマを歌っていたことがある人ってくらいのもんだろう。
「アンバランスなKissをして」「太陽がまた輝くとき」の2作がそれだ。新生第三期チューリップのメンバーとして抜擢され、その後ソロ活動として、この曲を皮切りにしてアルバムを3枚だした。
正直、上記の二曲以外の売れ行きはさほど良くなかったのだと思う。また所属レーベルの解散により、歌手活動を縮小したこともあり、その後音楽のメジャーシーンには上がってこなかった。最後のアルバムのリリースは1995年。10年前の作品だが、既に絶版になっている。またマキシシングルや、ライブでミニアルバムの販売なども行ったが、いずれも単発で終わっていた。
そんな決してメジャーとは云えないアーティストではあったが、僕は彼の3枚のフルアルバムを全て持っていたし、彼の独特の透明感のある声とオーソドックスだけど、どこかちょっとクセがある「ポップス」なサウンドが大好きだった。
決してスーパーハイトーンの声ではないけれども、ファルセットを上手く使ったりして、さまざまな場面やキャラクターを演出する歌声は、どこまでも優しく、素敵な言葉のセンスで物語る「あたし」や「ぼく」のストーリーは、僕に色々な風景を見せてくれた。
僕自身「幽遊白書」のED2曲をきっかけに彼の世界に触れた人間の一人なのだが、その後は彼の独自の世界に魅せられていった。初めて買ったアルバム『ウエルカム・トゥ・ポプシクル・チャンネル』には、件の2曲が収録されているのだが、それよりも他の曲に心を奪われたくらいなのだ。
以前少し書いたことがあると思うが、彼の作り出すポジティブで、どこかニヒルで自嘲的なまでに素敵な世界は、独特な歌詞の言語センスにあると思っている。そして僕はそれが大好きだった。
このアルバムの収録曲『パティオでドッキリ』という曲の歌詞にある「パンをちぎりミルクに浸すたったの5秒」で表される、日常の些細な出来事や生活のクセというもの。
「二人の血を混ぜたら固まる」というタームで表される日本人が大好きな血液型式性格判断の表現。「ジーンズ地の高い腰」という言葉で表される女性のスタイルの良さ。
『イェーイ・イェーイ』での「キミと眠る夜の備えに腕枕を鍛えはじめた」という誰しもが一度は考えるであろう男の楽しく可愛らしくバカバカしい出来事。
なんて生き活きとした言葉達なんだろう。なんて幸せな言葉達なんだろう。本当に素敵なセンスだった。一曲一曲に物語があって、曲に登場する「キミ」への想いが溢れていた。
キレイな恋愛の物語だけではなく、彼の歌声も相まってどこかエロティックで「純情な肉体関係のにおい」が漂う素敵な世界だった。そう、高橋ひろの世界には確かに「におい」があった。僕はそこに惹かれていたのだと思う。
なにしろ10年以上前のアーティストだ。引っ越しの際にCDはどこかに行ってしまったりもして、ここ最近の活動は知らなかったのだが、夏頃にふとした事から彼のサイトを発見し、楽曲提供や小さなライブ程度に留まってはいたものの、活動を継続していることを知って嬉しかった。
そしてこれも初夏頃だろうか、とある出来事をきっかけにどうしても彼の曲が聴きたくなり、絶版になっていたCDを全てネットオークションで揃えたりもした(過去ログを調べたら6月の事だった)。
思い出した様に何度も聞いて、何度も物語を反芻して、そして自身の青春時代を思い出したり、本当に楽しませてもらっていた。そしてその半年後にこの報せ。本当に偶然だった。ひょっとしたら何かを感じたのかも知れない。
享年41歳。若すぎる「さよなら」だ。ファンにも関係者にも自分の病状については全く語っていなかったという。なんとなくではあるが、ひたすらポジティブで素敵な世界を描いていた彼らしいな、そう思った。
高橋ひろさん、素敵な色褪せない世界をありがとう。貴方の世界にたくさんの元気と素敵をもらいました。どうか安らかに。本当に、ありがとうございました。おやすみなさい。
亡くなったのは今月4日のことで、長年患っていた持病によるものだという。9日に元ファンクラブの方などに知らせが届き、ニュースや公式発表にはないが、彼のサイトのBBSなどには多くの追悼の言葉が寄せられている。
この人のことは、あまり知らない人の方が多いと思う。知っていることがあるとすれば、幽遊白書のエンディングテーマを歌っていたことがある人ってくらいのもんだろう。
「アンバランスなKissをして」「太陽がまた輝くとき」の2作がそれだ。新生第三期チューリップのメンバーとして抜擢され、その後ソロ活動として、この曲を皮切りにしてアルバムを3枚だした。
正直、上記の二曲以外の売れ行きはさほど良くなかったのだと思う。また所属レーベルの解散により、歌手活動を縮小したこともあり、その後音楽のメジャーシーンには上がってこなかった。最後のアルバムのリリースは1995年。10年前の作品だが、既に絶版になっている。またマキシシングルや、ライブでミニアルバムの販売なども行ったが、いずれも単発で終わっていた。
そんな決してメジャーとは云えないアーティストではあったが、僕は彼の3枚のフルアルバムを全て持っていたし、彼の独特の透明感のある声とオーソドックスだけど、どこかちょっとクセがある「ポップス」なサウンドが大好きだった。
決してスーパーハイトーンの声ではないけれども、ファルセットを上手く使ったりして、さまざまな場面やキャラクターを演出する歌声は、どこまでも優しく、素敵な言葉のセンスで物語る「あたし」や「ぼく」のストーリーは、僕に色々な風景を見せてくれた。
僕自身「幽遊白書」のED2曲をきっかけに彼の世界に触れた人間の一人なのだが、その後は彼の独自の世界に魅せられていった。初めて買ったアルバム『ウエルカム・トゥ・ポプシクル・チャンネル』には、件の2曲が収録されているのだが、それよりも他の曲に心を奪われたくらいなのだ。
以前少し書いたことがあると思うが、彼の作り出すポジティブで、どこかニヒルで自嘲的なまでに素敵な世界は、独特な歌詞の言語センスにあると思っている。そして僕はそれが大好きだった。
このアルバムの収録曲『パティオでドッキリ』という曲の歌詞にある「パンをちぎりミルクに浸すたったの5秒」で表される、日常の些細な出来事や生活のクセというもの。
「二人の血を混ぜたら固まる」というタームで表される日本人が大好きな血液型式性格判断の表現。「ジーンズ地の高い腰」という言葉で表される女性のスタイルの良さ。
『イェーイ・イェーイ』での「キミと眠る夜の備えに腕枕を鍛えはじめた」という誰しもが一度は考えるであろう男の楽しく可愛らしくバカバカしい出来事。
なんて生き活きとした言葉達なんだろう。なんて幸せな言葉達なんだろう。本当に素敵なセンスだった。一曲一曲に物語があって、曲に登場する「キミ」への想いが溢れていた。
キレイな恋愛の物語だけではなく、彼の歌声も相まってどこかエロティックで「純情な肉体関係のにおい」が漂う素敵な世界だった。そう、高橋ひろの世界には確かに「におい」があった。僕はそこに惹かれていたのだと思う。
なにしろ10年以上前のアーティストだ。引っ越しの際にCDはどこかに行ってしまったりもして、ここ最近の活動は知らなかったのだが、夏頃にふとした事から彼のサイトを発見し、楽曲提供や小さなライブ程度に留まってはいたものの、活動を継続していることを知って嬉しかった。
そしてこれも初夏頃だろうか、とある出来事をきっかけにどうしても彼の曲が聴きたくなり、絶版になっていたCDを全てネットオークションで揃えたりもした(過去ログを調べたら6月の事だった)。
思い出した様に何度も聞いて、何度も物語を反芻して、そして自身の青春時代を思い出したり、本当に楽しませてもらっていた。そしてその半年後にこの報せ。本当に偶然だった。ひょっとしたら何かを感じたのかも知れない。
享年41歳。若すぎる「さよなら」だ。ファンにも関係者にも自分の病状については全く語っていなかったという。なんとなくではあるが、ひたすらポジティブで素敵な世界を描いていた彼らしいな、そう思った。
高橋ひろさん、素敵な色褪せない世界をありがとう。貴方の世界にたくさんの元気と素敵をもらいました。どうか安らかに。本当に、ありがとうございました。おやすみなさい。