■ おじぞうさん

僕は幼少時は埼玉県の草加市というところに住んでいました。通っていたのは「みどり幼稚園」というところ。近くにはスーパーのマルエツと線路と踏切がありました。

今でも鮮やかに思い出せる風景。団地を出て国道沿いの歩道を右に曲がってまっすぐ。綾瀬川の支流の側の饅頭屋さん(?)を過ぎて橋を渡ったら、もう一度右へ。団地の裏側になる住宅街を真っ直ぐ真っ直ぐ進んで、その先を左へ。マルエツへと続く道を真っ直ぐ進んで、マルエツの駐車場と踏切前を通り過ぎれば幼稚園でした。いや覚えているもんですねえ。

気になるのは、そのマルエツの駐車場。今思えば搬入口の方だったと思うのですが、そこにはトタン板で作られたお地蔵さんのお社(?)がありました。どういうわけだか、そのお地蔵さんは僕の記憶の中では銀色のイメージが強いのですが、そんな色をしているわけもなく、少し不思議なイメージが残っています。


そして、亡くなった母方の祖母さまがよく寝物語に話してくれた昔話の「かさじぞう」のイメージからか、僕はそのお地蔵さんが妙に気に入っており、前を通るたびに道路から拝んでいた記憶があるのです。

歩道から駐車場奥の搬入口までは距離にして30〜50mほどの距離があったと思うのですが、そんな距離の向こう側にあるお地蔵さんの姿を見ては、割と毎日拝んでいたようなのです。

特に仏教教育に熱心であったわけでもない家庭で育ったわけですし、3歳〜5歳児が「拝む」という行為を知っているというのも珍妙な話ではありますが、確かに僕は拝んでいた記憶があるんですよね。


しかしながら、そんな時期にお地蔵さんを拝んでいたというのも不思議ならば、そんなところにお地蔵さんがあること自体も不思議といえば不思議。浅薄な知識ながらも記憶が正しければ、お地蔵さんつまり地蔵菩薩は、徳高く慈悲深いインドの王様の一人が神になれる力を持ちながらも人の身で地獄へ向かい、地獄をさまよい苦悩する衆生の魂を救う道を選んだというエピソードの持ち主だったはずです。

そしてそんな伝承からか、お地蔵さんは無縁仏を供養する為に置かれたりすることもあるらしいんですよね。昔からの街道沿いにぽつりぽつりとお地蔵さんが置かれているのは、街道で亡くなった身元不明の無縁仏を供養する為のものだったりする、なんて話も聞いたことがあります。

もちろん元から地蔵信仰があるところで、そこにスーパーが建ったのでお地蔵さんとお社を残したということも十分にあり得るわけですが、それにしちゃ粗末なトタン造りだったような記憶があるわけで、そう考えるとやはり「あのお地蔵さんは無縁仏供養のものだったのかなぁ」なんていう結論になってしまうわけです。

そう考えると、知らないながらもなんでそんなものを拝んでいたのやらという疑問がまた浮かんできますし、幼児故の無知とはいえども、なんとなく不気味な感覚さえおぼえてしまうわけですよ。親父殿に手を引かれて幼稚園に通っていたわけですから、親父殿もなんらか策を講じてくれてもよさそうなもんですのにねえ(苦笑)。今になって親父殿に聞いてみても、さすがに「よく覚えていないなぁ」の一点張りですしね(笑)。


あの銀色のお地蔵さんはなんだったのか、「かさじぞう」のイメージがあったとはいえ、なんでそんなものが「気になって」いたのか――。幼児の内は経験や知識がない分、大人とは全く違う感性と感覚を持っているといいますから、その感覚が何かを感じていたのかもしれませんね。

なんにせよ、さすがに既に25年以上前の話ですから、事の真相は忘却と時代の波の遙か彼方にいってしまっているのでしょうね。十年くらい前に聞いた話では、あたり一帯は再開発されてしまって、昔の面影はまるでないそうですから。


と、ここまで書いて、はたと気づいたのですがグーグル先生のサービスの一つに「グーグルマップ」という地図と衛星写真を融合したマップサービスがあるんですよね。衛星写真はさすがに数年前のものらしいのですが、僕の記憶がどの程度正しいのか、数年前とはいえどんな風に変化しているのかを確認してみたくなったので、早速幼稚園の住所を調べて入力してみたんですよ。

で、結果がこちらなんですが、マーカーのついている道路を挟んだ向かい側が今のマルエツで、その左側にある道が僕が通っていた道なんですよね。さらにその左側はマンションらしきものが二棟建っていますが、ここは背の高い枯れ葦の茂る空き地だったと思います。手前側はグラウンドになっていたんだっけなあ?

で、問題のマルエツ駐車場ですが、配置自体は変わっていないようです。こんなに大きな店舗ではなかったと思うので、そのあたりは変わっているのでしょうけれども。位置的にはマルエツの建物とマンションの間にある青い屋根の建物の右斜め下方の、マルエツの棟のすぐ側にあった様な気がします。まぁさすがに衛星写真では捉えられませんね(笑)。


とまぁ取り留めもないことを書いたわけですが、この頃の記憶というのは不思議なことが一杯なんですよね。もちろん、何分幼児の記憶ですから現実と空想や当時得たテレビや本などの情報などもごちゃごちゃになっているのかもしれませんが。

それでも、同じ学区であったはずなのに幼稚園では決して会うことのなかった「ともだち」や、「ここから向こうにはいっちゃいけないんだ」と頑なにフェンスを越えた空き地に来てくれなかった子、将来の約束をした顔も名前も覚えていない大好きだった女の子の記憶や、夕暮れ時に踏切が開けども渡るでもなく立ちつくしていた長い髪の女の人の悲しそうな後ろ姿など、その記憶に思考の指を伸ばすと、さまざまな「不思議」が浮かんでは消えて行きます。

そして件の「お地蔵さん」も、そんな記憶の一つなんです。別に怖い思いをしたということがあるわけでもなんでもないと思うのですが、細かいところまで記憶を掘り下げようとすると、どうにもストッパーがかかってしまう様なふしがあるんですよね。触れたい様な触れたくない様な…そんな、なんとも奇妙な感覚です。

ただ、決してその「お地蔵さん」には近寄りたいとは思わなかった事だけは覚えています。車が行き来する駐車場ですから、親が入らせなかったのかもしれませんが。引っ越しをするとなったときにも、お地蔵さんにお別れを告げたのは遠く道向かいからでした。これもまた不思議ですよね。それだけ拝んでいたり気に入っていたのならば、なぜ近寄らなかったのか…。

どうにも気になるので、車も手に入れた事ですしヒマを見つけてドライブがてら昔の記憶巡りをしてみようかな、なんて考えています。まぁそれはそれで「不思議」を現実に塗り潰してしまう様で、なんとなくためらいもあるんですけどね。


皆さんにも、そんな幼い頃の「不思議な記憶」はありませんか?それはどんな記憶ですか?よかったら皆さんの不思議な記憶の話も聞かせて下さい。

(C) G-LABO Gengi-DOJO.