【 2006年10月17日-17:58 のつぶやき 】
■ はい、大福熊猫本舗でございます。
それは「パンダってほんとうは怖いんだね」という一言から始まりました。
僕とパンダとの歴史は古く長いものですが、その八割は空想の世界でのパンダだったりします。あんな愛らしいタレ目っぽい「くま」を持つパンダですが、その実目つきは案外鋭く、爪もシャキーンって感じですし、アゴの力は青竹をかみ砕くほどです。ぶっちゃけ連中って猛獣気味なんです。
先日も中国で、バカ男が半裸になってパンダの檻に侵入して襲いかかり、手酷い逆襲を受けましたが、冗談抜きで現地の野生のパンダがいるエリアでは、パンダに襲われた村民の方々もいらっしゃるわけですよ。パンダって、意外とおっかないヤツらなのです。
まぁそれでも、周りに竹しかないから仕方なく竹を食うようになったり、身体の割に腸が短く、竹を食っても2割程度しか消化吸収できないために、一日中竹を食っては寝っ転がって体力を温存するという、相当やる気ナッシングなライフスタイルや、数十年〜百年ほどの周期で訪れる竹の一斉開花の際には、食べ物がなくなってしまい、あわてながらも仕方なく諦め気味の餓死を迎えてしまったりする、やる気の無さは、パンダが「愛されるパンダ」たるバックボーンを感じさせるに十分ではありますけどね(苦笑)。
でも、僕の中のパンダはそんなものじゃあないのです。子どもの頃、かかりつけの病院の待合室で手に取った大人の読む雑誌。その中でかろうじて読み取れた、短い文章がいくつもならんだページには、パンダがさまざまな形で紹介されていました。もちろん半分以上はジョークで。そしてその中に、こんな言葉があったのです。
「熱を出して寝ていると、氷のうを替えてくれそうな気がします」
雑誌とは週刊文春で、僕が読んだコーナーとは『糸井重里の萬流コピー塾』。そしてその時の御題が『パンダ』だったのです。この言葉は、パンダというイキモノに対しての、あまりにも鮮やかな空想のイメージとして、僕の脳に焼き付きました。
そして以後数十年に渡って、誰もがパンダに持つ空想のイメージと現実のパンダとのギャップの中間地点を探しては、こねくり回してきました。当サイトのキャラクターである、アフロパンダの太々君は、そうして産まれた一つのキャラクターでした。
そんなここ数年の日々の中で、一昨年云われたことがありました。「太々くんってアフロ外したらどうなるの?」と。ぶっちゃけ考えたこともありませんでした。
しかし当サイトの初期からのシンボルであったアフロも、PA10を持って卒業した感が強い今、いつまでもアフロという飛び道具に頼っていては、太々くんも団体のエース(なんの?)にはなれないのではないかと思い、そこからまたパンダ模索への道が始まったのです。
何しろ絵心がまるでない僕ですから、最初にアフロを外した太々くんを書いたときは、何が起こったのかと我が目を疑うほどのヒドイ姿になってしまいました。もはやパンダでもなんでもない妖しげなイキモノ(?)がスケッチブックに現れたのです(笑)。
何度書き直しても、どうこねくり回してもその結果は変わらず途方に暮れていたのですが、逆に考えれば、いつの間にか太々くんは「アフロをかぶったヒト型パンダ」ではなく、「アフロパンダそのもの」として固まっていたのだと認識するにいたりました。
そうなると、太々くんはもはや完成系の御本尊(笑)という扱いになりますが、ならば今僕の中にある、それこそ「氷のうを替えてくれそう」なパンダは、どんな姿をしているのだろう?と考え、そこから始まったのが「ヒトとパンダの間にいそうでありながら、それでもなお明らかにパンダである空想上のパンダ」を模索するという、なんとも難しそうな方向性に至ってしまったのです。
さーそれからは実に大変でした。資料をかき集め、ヒマを見つけては生のパンダも観に行き、スケッチブックを何冊もダメにしながら、絵心がないなりにひたすらパンダを描き続けました。さらには絵描きさんや絵心のある知人友人の皆さんに、ものすごい勢いで迷惑をかけつつ、パンダが夢に出てきてうなされる人を続出させながら、なんとか形をまとめていったのです。
そして一昨年完成したのがコイツ。

大好物である笹竹に囲まれて、おそらくお酒の入ったヒョウタンを携えて、幸せそうにしているパンダ。大福のようにまんまるなシルエットと、大きな福がありますようにという願いを込めて、そのまんま「大福」と名付けました。
ここまでで、僕のパンダ探しの旅は一段落はしたのですが、その後もスケッチブックや打ち合わせノートをダメにしつつ、パンダを追い掛け続け、イメージが降りてきてくれるたびにちまちまと進めていって、またまたパンダにうなされる人を続出させた結果、出来上がったのが、こちらの今年の新作2作なんです。
【大福君のっかりTシャツ】

【いまどきの双子パンダTシャツ】

とまぁこのような感じで、なんじゃかんじゃと紆余曲折を経て、なんとか完成にこぎ着けました。いやほんと、清書してくれた方々や製作を請け負ってくれたEVERSOULさんには、ご迷惑をかける事しきりで、本当に申し訳なかったです。
半そでのシーズンに出したかったモノの、なかなかイメージが固まらずに進捗せず、かといって一切手を抜きたくはなかったので、長そでのシーズンになってしまいましたが、長そで&半そでを同時にリリースする形で対応することにしました。
ついでに、昨年人気だった和風家紋Tシャツのマイナーチェンジバージョンや、大福くんの初代Tシャツもリクエストにお答えして、長そでTシャツ・半そでTシャツ両方で復活させてみました。
全て受注生産になりますので、オーダーからお届けまで若干お時間をいただきますが、よろしければ是非可愛がってやって下さい!!
このリリースを終えて、ようやくパンダに
囲まれて色々される夢から解放されると思うと
嬉しいやら寂しいやら微妙な気分です(笑)。
(重いやらもふもふしてるやら、大変なのですよ)
僕とパンダとの歴史は古く長いものですが、その八割は空想の世界でのパンダだったりします。あんな愛らしいタレ目っぽい「くま」を持つパンダですが、その実目つきは案外鋭く、爪もシャキーンって感じですし、アゴの力は青竹をかみ砕くほどです。ぶっちゃけ連中って猛獣気味なんです。
先日も中国で、バカ男が半裸になってパンダの檻に侵入して襲いかかり、手酷い逆襲を受けましたが、冗談抜きで現地の野生のパンダがいるエリアでは、パンダに襲われた村民の方々もいらっしゃるわけですよ。パンダって、意外とおっかないヤツらなのです。
まぁそれでも、周りに竹しかないから仕方なく竹を食うようになったり、身体の割に腸が短く、竹を食っても2割程度しか消化吸収できないために、一日中竹を食っては寝っ転がって体力を温存するという、相当やる気ナッシングなライフスタイルや、数十年〜百年ほどの周期で訪れる竹の一斉開花の際には、食べ物がなくなってしまい、あわてながらも仕方なく諦め気味の餓死を迎えてしまったりする、やる気の無さは、パンダが「愛されるパンダ」たるバックボーンを感じさせるに十分ではありますけどね(苦笑)。
でも、僕の中のパンダはそんなものじゃあないのです。子どもの頃、かかりつけの病院の待合室で手に取った大人の読む雑誌。その中でかろうじて読み取れた、短い文章がいくつもならんだページには、パンダがさまざまな形で紹介されていました。もちろん半分以上はジョークで。そしてその中に、こんな言葉があったのです。
「熱を出して寝ていると、氷のうを替えてくれそうな気がします」
雑誌とは週刊文春で、僕が読んだコーナーとは『糸井重里の萬流コピー塾』。そしてその時の御題が『パンダ』だったのです。この言葉は、パンダというイキモノに対しての、あまりにも鮮やかな空想のイメージとして、僕の脳に焼き付きました。
そして以後数十年に渡って、誰もがパンダに持つ空想のイメージと現実のパンダとのギャップの中間地点を探しては、こねくり回してきました。当サイトのキャラクターである、アフロパンダの太々君は、そうして産まれた一つのキャラクターでした。
そんなここ数年の日々の中で、一昨年云われたことがありました。「太々くんってアフロ外したらどうなるの?」と。ぶっちゃけ考えたこともありませんでした。
しかし当サイトの初期からのシンボルであったアフロも、PA10を持って卒業した感が強い今、いつまでもアフロという飛び道具に頼っていては、太々くんも団体のエース(なんの?)にはなれないのではないかと思い、そこからまたパンダ模索への道が始まったのです。
何しろ絵心がまるでない僕ですから、最初にアフロを外した太々くんを書いたときは、何が起こったのかと我が目を疑うほどのヒドイ姿になってしまいました。もはやパンダでもなんでもない妖しげなイキモノ(?)がスケッチブックに現れたのです(笑)。
何度書き直しても、どうこねくり回してもその結果は変わらず途方に暮れていたのですが、逆に考えれば、いつの間にか太々くんは「アフロをかぶったヒト型パンダ」ではなく、「アフロパンダそのもの」として固まっていたのだと認識するにいたりました。
そうなると、太々くんはもはや完成系の御本尊(笑)という扱いになりますが、ならば今僕の中にある、それこそ「氷のうを替えてくれそう」なパンダは、どんな姿をしているのだろう?と考え、そこから始まったのが「ヒトとパンダの間にいそうでありながら、それでもなお明らかにパンダである空想上のパンダ」を模索するという、なんとも難しそうな方向性に至ってしまったのです。
さーそれからは実に大変でした。資料をかき集め、ヒマを見つけては生のパンダも観に行き、スケッチブックを何冊もダメにしながら、絵心がないなりにひたすらパンダを描き続けました。さらには絵描きさんや絵心のある知人友人の皆さんに、ものすごい勢いで迷惑をかけつつ、パンダが夢に出てきてうなされる人を続出させながら、なんとか形をまとめていったのです。
そして一昨年完成したのがコイツ。

大好物である笹竹に囲まれて、おそらくお酒の入ったヒョウタンを携えて、幸せそうにしているパンダ。大福のようにまんまるなシルエットと、大きな福がありますようにという願いを込めて、そのまんま「大福」と名付けました。
ここまでで、僕のパンダ探しの旅は一段落はしたのですが、その後もスケッチブックや打ち合わせノートをダメにしつつ、パンダを追い掛け続け、イメージが降りてきてくれるたびにちまちまと進めていって、またまたパンダにうなされる人を続出させた結果、出来上がったのが、こちらの今年の新作2作なんです。

【いまどきの双子パンダTシャツ】

様々なブランドやアーティストのデザインに影響を与えている
RU○DMC風のデザインの上で、大福くんは今回も相当な勢いで
やる気なく、ぐったりしています。
なにやら下の文字が気になるようですが
まぁおそらく「なんかわかんないけどまーいっかー」
程度にしか考えていない表情です(笑)。
書いている間に、中国の双子姉妹パンダが相次いで
双子を出産というニュースが飛び込んできて心底驚きましたが
仔パンダ達の資料をみていて、「現代っ子の仔パンダ」を
描いてみようと思い色々こねくり回して出来たのがこの子達。
大福熊猫プロジェクトに新しく増えた仲間、双子パンダの壱福と小福です。
ちなみにコッチが壱福です。
手に持っているのは携帯音楽プレイヤーかなんかですが
アレな大人の都合で、特に商品名を
特定するものではありません(苦笑)。
で、コッチが小福だったりします。
手に持っているのはおそらくモバイルツールでしょう。
さすが現代っ子です。特に今人気の携帯ゲーム機だとか
いうわけではありません(苦笑)。
とまぁこのような感じで、なんじゃかんじゃと紆余曲折を経て、なんとか完成にこぎ着けました。いやほんと、清書してくれた方々や製作を請け負ってくれたEVERSOULさんには、ご迷惑をかける事しきりで、本当に申し訳なかったです。
半そでのシーズンに出したかったモノの、なかなかイメージが固まらずに進捗せず、かといって一切手を抜きたくはなかったので、長そでのシーズンになってしまいましたが、長そで&半そでを同時にリリースする形で対応することにしました。
ついでに、昨年人気だった和風家紋Tシャツのマイナーチェンジバージョンや、大福くんの初代Tシャツもリクエストにお答えして、長そでTシャツ・半そでTシャツ両方で復活させてみました。
全て受注生産になりますので、オーダーからお届けまで若干お時間をいただきますが、よろしければ是非可愛がってやって下さい!!
囲まれて色々される夢から解放されると思うと
嬉しいやら寂しいやら微妙な気分です(笑)。
(重いやらもふもふしてるやら、大変なのですよ)




