【 2006年12月20日-10:02 のつぶやき 】
■ オチのないクマの話。
日本のツキノワグマが絶滅の危機を迎えているそうです。
確かに今年は異常なくらいクマによる被害が出ました。日本に棲息するクマは二種、本州以南のツキノワグマと、北海道のヒグマですが、いずれも棲息地では食物連鎖の頂点に立つ生物ですし、力もあれば牙も爪もあります。武装していない人間にとっては驚異以外の何者でもないでしょう。
実際、被害の発生した地元の方からすれば恐怖の毎日でしょうし、農家の皆さんは作物を食い荒らされ、襲われた方の中には殺傷された方もいるわけで、人的被害も決して少ないとはいえません。
人間に危害を加えた動物に対しては、殺処分をもって報いるという原則は、そう考えると致し方ないのかも知れません。被害に関係していない立場の人間が、絶滅の危機だのなんだのといっても、所詮は対岸の火事だからこそ云えることなのだと云われてしまえばそれまでです。
ですが実際、これまでもクマ被害もあったわけですが、絶滅の危機に至るような殺処分のされ方はなかったと思います。それが今年は5059頭が捕獲され、うち4578頭が殺処分されたというのですから、少し首を傾げざるを得ません。
というのもクマ被害が全国的に多発したとはいえ、人的被害数がそこまで多かったとは思えないわけです。殺処分の基準がどのように規定されているのかはわかりませんが、一説に寄ればツキノワグマの全国生息数は1万頭前後といいますから、半数近くを殺処分したことになるわけで、この現状は明らかに人間による野生動物の絶滅行為です。
日本はこれまでもオオカミを失い、トキを失ってきました。その上クマまで失ってしまうのでしょうか。殺処分をするまでもなく、捕獲したクマを山の中に離すという処理もできるわけですし、実際そのようにされている例もあるはずです。なのになぜこれほどまでに多くのクマが殺されてしまったのでしょうか。なぜ殺さなければならなかったのでしょうか。
里におりてくれば食べ物があるということを学習したため、山に返してもまたありてきてしまう可能性が高いということ、山に返す費用の問題、また山に返すにしても、その山の持ち主が許可しないなどの理由。
また北海道登別のクマ牧場のような、クマの保護飼育施設などでも、野生のクマは病気を持っていたりする可能性があったり、群れになじめないなどの理由から引き取ってくれないなどのことが殺処分にいたる理由だそうですが、それらは全て「人間の都合」です。
確かに益虫・益獣ならばともかく、害獣でしかないクマなんかの野生動物などを生かしておいたところで、何の特にもならないし、危害を加えるのならば殺処分されて然るべきだという考え方もあるでしょう。
ですが、世界的に見てもこれだけ狭い国土に2種類の野生のクマが棲息しているという環境は珍しいわけですし、その環境を維持し守り続けてきた、つまり日本人はこれまでもクマと共存してきたのではないでしょうか。それがなぜ出来なくなってしまったのか。本当に疑問が残ります。
クマは世界中でマスコットキャラクターとして愛されている動物だから、殺すのは可哀想だからという事だけをして、僕はこの記事を書いているわけではありません。野生動物が棲息出来る環境というのは、それだけ、人間が構築した「不自然な自然環境」ではなく「自然な自然環境」が残されているということです。
食物連鎖・生態系の頂点にいる「消費するだけの動物」と思われがちですが、生態系というのは実に複雑に絡み合い、そして循環している、奇跡的な偶然がもたらしたサイクルです。その一端を担う生物が絶滅するということは、ひいてはその地の環境を大きく崩すきっかけにもなりかねないという危険もはらんでいるのです。
アイヌのキムンカムイ、つまり北海道のヒグマの伝承を出すまでもなく、クマは神格化された動物でした。それはもちろん野生と共存し闘ってきた我々の先祖にとって、山の生態系の頂点にいる生物への畏怖から生まれた信仰ではありますが、それだけ身近な動物であったということも、また真実だと思うのです。
自然と共存するということと、狭い国土の中で山林を切り開き人間の利便性を求めた居住できる空間を増やしていくということとは、矛盾し相反することなのだと思います。でも、それでもなお、これだけのクマが一年間で殺されてしまった事には、なんともいえない悲しさを感じます。
当事者ではない僕が何をどうこうといったところでどうなることでも、どうできることでもありませんし、それは重々承知しています。ですが、古来より日本においてクマは身近な生き物であったということ。そして、その生き物が、今絶滅の危機に瀕していると云うことを、皆さんにも少しでも知ってもらえれば、今はそれだけでも十分と思います。
現代にあっても、クマは我々にとって本当に身近な存在なんですよ。まず皆さんの手元をみてください。そこにあるキーボード。その真ん中あたり、HとJのキーをじーっと見てみて下さい。
そして、にっこりと笑えたならば、今日の記事の内容を、クマの存在を心の中に少しだけおいてください。今はそれだけでも十分です。まず知ること。それが第一歩ですから。
【参考リンク】
http://www.j-cast.com/2006/08/30002742.html
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20061219ik21.htm
確かに今年は異常なくらいクマによる被害が出ました。日本に棲息するクマは二種、本州以南のツキノワグマと、北海道のヒグマですが、いずれも棲息地では食物連鎖の頂点に立つ生物ですし、力もあれば牙も爪もあります。武装していない人間にとっては驚異以外の何者でもないでしょう。
実際、被害の発生した地元の方からすれば恐怖の毎日でしょうし、農家の皆さんは作物を食い荒らされ、襲われた方の中には殺傷された方もいるわけで、人的被害も決して少ないとはいえません。
人間に危害を加えた動物に対しては、殺処分をもって報いるという原則は、そう考えると致し方ないのかも知れません。被害に関係していない立場の人間が、絶滅の危機だのなんだのといっても、所詮は対岸の火事だからこそ云えることなのだと云われてしまえばそれまでです。
ですが実際、これまでもクマ被害もあったわけですが、絶滅の危機に至るような殺処分のされ方はなかったと思います。それが今年は5059頭が捕獲され、うち4578頭が殺処分されたというのですから、少し首を傾げざるを得ません。
というのもクマ被害が全国的に多発したとはいえ、人的被害数がそこまで多かったとは思えないわけです。殺処分の基準がどのように規定されているのかはわかりませんが、一説に寄ればツキノワグマの全国生息数は1万頭前後といいますから、半数近くを殺処分したことになるわけで、この現状は明らかに人間による野生動物の絶滅行為です。
日本はこれまでもオオカミを失い、トキを失ってきました。その上クマまで失ってしまうのでしょうか。殺処分をするまでもなく、捕獲したクマを山の中に離すという処理もできるわけですし、実際そのようにされている例もあるはずです。なのになぜこれほどまでに多くのクマが殺されてしまったのでしょうか。なぜ殺さなければならなかったのでしょうか。
里におりてくれば食べ物があるということを学習したため、山に返してもまたありてきてしまう可能性が高いということ、山に返す費用の問題、また山に返すにしても、その山の持ち主が許可しないなどの理由。
また北海道登別のクマ牧場のような、クマの保護飼育施設などでも、野生のクマは病気を持っていたりする可能性があったり、群れになじめないなどの理由から引き取ってくれないなどのことが殺処分にいたる理由だそうですが、それらは全て「人間の都合」です。
確かに益虫・益獣ならばともかく、害獣でしかないクマなんかの野生動物などを生かしておいたところで、何の特にもならないし、危害を加えるのならば殺処分されて然るべきだという考え方もあるでしょう。
ですが、世界的に見てもこれだけ狭い国土に2種類の野生のクマが棲息しているという環境は珍しいわけですし、その環境を維持し守り続けてきた、つまり日本人はこれまでもクマと共存してきたのではないでしょうか。それがなぜ出来なくなってしまったのか。本当に疑問が残ります。
クマは世界中でマスコットキャラクターとして愛されている動物だから、殺すのは可哀想だからという事だけをして、僕はこの記事を書いているわけではありません。野生動物が棲息出来る環境というのは、それだけ、人間が構築した「不自然な自然環境」ではなく「自然な自然環境」が残されているということです。
食物連鎖・生態系の頂点にいる「消費するだけの動物」と思われがちですが、生態系というのは実に複雑に絡み合い、そして循環している、奇跡的な偶然がもたらしたサイクルです。その一端を担う生物が絶滅するということは、ひいてはその地の環境を大きく崩すきっかけにもなりかねないという危険もはらんでいるのです。
アイヌのキムンカムイ、つまり北海道のヒグマの伝承を出すまでもなく、クマは神格化された動物でした。それはもちろん野生と共存し闘ってきた我々の先祖にとって、山の生態系の頂点にいる生物への畏怖から生まれた信仰ではありますが、それだけ身近な動物であったということも、また真実だと思うのです。
自然と共存するということと、狭い国土の中で山林を切り開き人間の利便性を求めた居住できる空間を増やしていくということとは、矛盾し相反することなのだと思います。でも、それでもなお、これだけのクマが一年間で殺されてしまった事には、なんともいえない悲しさを感じます。
当事者ではない僕が何をどうこうといったところでどうなることでも、どうできることでもありませんし、それは重々承知しています。ですが、古来より日本においてクマは身近な生き物であったということ。そして、その生き物が、今絶滅の危機に瀕していると云うことを、皆さんにも少しでも知ってもらえれば、今はそれだけでも十分と思います。
現代にあっても、クマは我々にとって本当に身近な存在なんですよ。まず皆さんの手元をみてください。そこにあるキーボード。その真ん中あたり、HとJのキーをじーっと見てみて下さい。
そして、にっこりと笑えたならば、今日の記事の内容を、クマの存在を心の中に少しだけおいてください。今はそれだけでも十分です。まず知ること。それが第一歩ですから。
【参考リンク】
http://www.j-cast.com/2006/08/30002742.html
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20061219ik21.htm