【 2007年11月17日-06:06 のつぶやき 】
■ 水とコーヒー #4
「昔の家の中で捜し物をするのよ」
「捜し物、ですか…でも何を?」
「死体」
あっさりととんでもないことを云ってくれる。僕は唖然として先輩の目を見つめたが、そこには全くからかう表情もなにもない。真剣そのものの表情だった。
「死体、かもしくは、それに類するものね」
「いや、でも先輩。うちには死体なんかないですよ。殺人事件がおきたとかそういう部屋でもなかったし、葬式もうちじゃあげてないですし」
「うん。そうでしょうね。だけどこれは貴方の精神の中のことだから。現実はあんまり関係ないのよ。死体っていうのもイメージなのよね。私が貴方を誘導して、貴方の頭の中にある家を探せば、きっとどこかに死体か死に直結するイメージの何かを見つけるわ」
「じゃあ、その死体っていうのは…」
「うん、貴方にツいてる女性のよ」
背中が途端に寒くなり、全身から冷や汗が吹き出すのがわかる。多分シャツに隠れた部分は鳥肌になっているだろう。
「正直…怖いです」
「そうよね。でも大丈夫よ。私も一緒にいくから」
「え?」
「んー…なんかトンデモっぽいけど、まぁ事が事だしね。出来るだけ信じてちょうだいね。意識を同調させて、貴方が見ている光景を私も見るのよ。そうすれば私にもそれが見えるから。私が誘導して貴方の家の中を明確にしていくから、その中では貴方が私を誘導するっていう感じね」
「なんか…また、わかったようなわからないような…」
「うん、でも別に危険があるわけじゃないから。試してみる感じでね」
「はい。でもどうやって?」
「えーと、まぁ簡単な方法だと普通にリズムをあわせればいいんだけどね」
そういうと先輩は右手の人差し指でテーブルをコツコツと叩き始めた。
とんとんとーん・とんとんとんとん
とんとんとーん・とんとんとんとん
とんとんとーん・とんとんとんとん
「いちにーさぁーん、ごーろくしちはち、いちにーさぁーん、ごーろくしちはち」
とんとんとーん・とんとんとんとん
とんとんとーん・とんとんとんとん
「わかる?」
「ええ。なんか運動部のかけ声みたいっすね」
「あはは!そうねぇ。うん、大丈夫。強がりでもそれだけ余裕があれば大丈夫よ」
そういって微笑むと、先輩は左手を差し出して僕にも手を出す様に促した。そしてテーブルにおかれた僕の手の甲に掌をかさねる。温かい。単純なようだが、それだけで僕の恐怖心は少し薄らいでいった。
「私がこうやってリズムを刻むから、貴方は心の中で『一二三・五六七八』って唱え続けてね。口では色々説明してもらうから呟かないで、心の中でね。どんなものを見ても、なるべく驚かないで、帰って強く数字を念じてね」
「はい、いちにーさぁーん、ごーろくしちはち、ですね」
「そうそう。ちょっと練習してみる?」
「いや、大丈夫です」
「それじゃ玄関前から行きましょう。目をつむってね。外からの情報は少ない方が集中しやすいから」
「…はい」
云われるがままに僕は目を閉じる。そして懐かしい団地の外観を思い出そうとしていた。
「おうちは団地の何階にあったの?今何が見える?」
「2階です。今思い出してるのは外の窓枠ですね。二階の…僕の部屋です。東側にあって、どの窓にも鉄製の柵がかかってたんですよ。多分落ちない様に」
「そう、色は?カーテンもみえるかしら」
「柵はオレンジのペンキで塗られてましたね。何度か塗り替えられたけど、大体いつもオレンジだったなぁ。カーテンは…水色のペイズリーだったと思います。網戸でよく見えないけど」
「中から見なくちゃわからないなら、そこはいいわ。階段を上がって二階に行ってね」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「扉がみえる?どんなものかしら」
「鉄製です。真ん中あたりに新聞受けの穴が空いていて…所々ペンキが剥げてます」
「鍵は?」
「持ってます」
「じゃ、開けて入りましょうか」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「はい、玄関です」
「“ただいま”は?」
「あ、はい。ただいま…」
少し気恥ずかしくなりながら、ぼそりと口に出す。先輩のクスリと笑う声が聞こえたが、おかげで少し余裕が出てきた。
「返事はない?」
「あ、そうですね。ないです。誰も帰ってないみたいです」
「そう。玄関には靴がある?」
「えーと…親父の予備の革靴と、姉貴のスニーカーと、サンダルと…僕のスニーカーもあります」
「みんなが普段履いている靴はないのね?」
「あ、はい。ないですね。みんな出かけてます」
「そう。見慣れない靴はない?」
「…ない、と思います」
「そう。靴箱はある?中を開けてみて」
「あ、はい。特にかわったことはないですね。ああ、なんか親父の靴磨きをしたときの臭いがします。靴磨きの…なんだろワックスみたいな?」
「うんうん、随分鮮明ね。変わったことがなければ靴を脱いで家に上がってね」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「はい。あがりました」
「右手と左手、なにがあるのかしら」
「えと、右手は居間への扉と両親の寝室への襖があります。左手はトイレで、その左奥が洗濯機のある洗面所で、その右側が風呂です」
「なるほどね。じゃあトイレからいきましょう。変わったことがある?」
「いえ、なんかでも懐かしいです。コンクリにペンキ塗っただけのトイレだったんですよね。冬は寒くって」
「ふふ。じゃあそのまま洗濯機の前に行ってみてね」
「はい、特になにもないですね」
「誰かの服とかある?」
「えーと、洗濯物が積まれてますけど、特に違和感はないです。玄関側との仕切りの上が棚になってるんですけど、そこにも特になにか変わったものはないですね。うわーなんか懐かしいな。思い出せるもんですね、あんまり使わなかったけど、野球のグローブがあそこにおいてあったんですよ」
「お父さんからのプレゼントね」
「そうです。よくわかりますね」
「同調してるから」
「ああ…なるほど…」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「お風呂場、見てみましょうか」
「はい。あーここの扉立て付けが悪かったんですよね…懐かしいな、追い炊き釜だ。ハンドル付の…元栓がこっちで…洗面台もあって…特に異常はないです」
「お風呂の中も?フタしまってない?」
途端に僕は少しギクっとした。確かに頭の中で見ている風呂にはフタがかかっていた。三枚のパネル式のフタだ。ひょっとしたらこの中に死体が。女の死体がうずくまっているのかも知れない。
「…あけなきゃですか?」
「ええ。大丈夫よ。一緒にいるから」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「はい…」
僕は意を決して、意識の中で顔を背ける様にして風呂のフタをあけた。そして薄目で中を見る…とはいっても意識の中での出来事なのだが。しかしそこには水が張ってあるだけで、なにもなかった。
「なにもないわね」
「…ええ。ないです。沸かす前に水だけ張ったみたいですね」
「OK。じゃ次にいきましょうか」
「両親の部屋ですか?」
「そこは後回しね。居間に入ってみましょう」
「…わかりました」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
残された部屋は三つしかない。居間と隣接するキッチン。そして姉貴達の部屋と僕の部屋だ。その全てを僕(僕たち?)は回っていった。キッチンでは冷蔵庫を開け、流し台下の収納や食器棚まで調べた。居間は収納スペースもないので一目瞭然だった。ただ懐かしい空気が鮮明にそこにはあっただけだった。
姉貴達の部屋は二段ベッドと机が二つ。収納はないので探す場所はほとんどなかった。念のためベッドも見たがなにもない。ベッドの下の暗闇にもなにもなかった。
いよいよ自分の部屋に入る。ここには押し入れがあるので、そこに大きな可能性があった。先輩がいうには「確実に死体かそれに類するものがあるはず」なのだから、恐怖の瞬間との遭遇は確実に近づいているわけだ。僕はおそるおそる部屋中を調べたが、そこにも死体はなかった。
「残るのは…ご両親の部屋だけね」
「えと、その…行かなきゃダメですか」
「そりゃあね。ちゃんとしたいでしょう?」
「…はい」
現実の方で先輩が重ねた掌が僕の右手を少し強く握った。
「大丈夫よ。ちゃんと唱えてね」
「…はい」
(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)
とんとんとーん・とんとんとんとん。
(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)
とんとんとーん・とんとんとんとん。
(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)
とんとんとーん・とんとんとんとん。
両親の部屋へと続く襖の取っ手に手をかけて、僕は何度も数を唱えた。先輩の指が刻むリズムが、心なしか優しく緩やかで、僕の気持ちも少しずつ落ち着いてくる。
(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)
とんとんとーん・とんとんとんとん。
そして僕は、襖を開けた。
「捜し物、ですか…でも何を?」
「死体」
あっさりととんでもないことを云ってくれる。僕は唖然として先輩の目を見つめたが、そこには全くからかう表情もなにもない。真剣そのものの表情だった。
「死体、かもしくは、それに類するものね」
「いや、でも先輩。うちには死体なんかないですよ。殺人事件がおきたとかそういう部屋でもなかったし、葬式もうちじゃあげてないですし」
「うん。そうでしょうね。だけどこれは貴方の精神の中のことだから。現実はあんまり関係ないのよ。死体っていうのもイメージなのよね。私が貴方を誘導して、貴方の頭の中にある家を探せば、きっとどこかに死体か死に直結するイメージの何かを見つけるわ」
「じゃあ、その死体っていうのは…」
「うん、貴方にツいてる女性のよ」
背中が途端に寒くなり、全身から冷や汗が吹き出すのがわかる。多分シャツに隠れた部分は鳥肌になっているだろう。
「正直…怖いです」
「そうよね。でも大丈夫よ。私も一緒にいくから」
「え?」
「んー…なんかトンデモっぽいけど、まぁ事が事だしね。出来るだけ信じてちょうだいね。意識を同調させて、貴方が見ている光景を私も見るのよ。そうすれば私にもそれが見えるから。私が誘導して貴方の家の中を明確にしていくから、その中では貴方が私を誘導するっていう感じね」
「なんか…また、わかったようなわからないような…」
「うん、でも別に危険があるわけじゃないから。試してみる感じでね」
「はい。でもどうやって?」
「えーと、まぁ簡単な方法だと普通にリズムをあわせればいいんだけどね」
そういうと先輩は右手の人差し指でテーブルをコツコツと叩き始めた。
とんとんとーん・とんとんとんとん
とんとんとーん・とんとんとんとん
とんとんとーん・とんとんとんとん
「いちにーさぁーん、ごーろくしちはち、いちにーさぁーん、ごーろくしちはち」
とんとんとーん・とんとんとんとん
とんとんとーん・とんとんとんとん
「わかる?」
「ええ。なんか運動部のかけ声みたいっすね」
「あはは!そうねぇ。うん、大丈夫。強がりでもそれだけ余裕があれば大丈夫よ」
そういって微笑むと、先輩は左手を差し出して僕にも手を出す様に促した。そしてテーブルにおかれた僕の手の甲に掌をかさねる。温かい。単純なようだが、それだけで僕の恐怖心は少し薄らいでいった。
「私がこうやってリズムを刻むから、貴方は心の中で『一二三・五六七八』って唱え続けてね。口では色々説明してもらうから呟かないで、心の中でね。どんなものを見ても、なるべく驚かないで、帰って強く数字を念じてね」
「はい、いちにーさぁーん、ごーろくしちはち、ですね」
「そうそう。ちょっと練習してみる?」
「いや、大丈夫です」
「それじゃ玄関前から行きましょう。目をつむってね。外からの情報は少ない方が集中しやすいから」
「…はい」
云われるがままに僕は目を閉じる。そして懐かしい団地の外観を思い出そうとしていた。
「おうちは団地の何階にあったの?今何が見える?」
「2階です。今思い出してるのは外の窓枠ですね。二階の…僕の部屋です。東側にあって、どの窓にも鉄製の柵がかかってたんですよ。多分落ちない様に」
「そう、色は?カーテンもみえるかしら」
「柵はオレンジのペンキで塗られてましたね。何度か塗り替えられたけど、大体いつもオレンジだったなぁ。カーテンは…水色のペイズリーだったと思います。網戸でよく見えないけど」
「中から見なくちゃわからないなら、そこはいいわ。階段を上がって二階に行ってね」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「扉がみえる?どんなものかしら」
「鉄製です。真ん中あたりに新聞受けの穴が空いていて…所々ペンキが剥げてます」
「鍵は?」
「持ってます」
「じゃ、開けて入りましょうか」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「はい、玄関です」
「“ただいま”は?」
「あ、はい。ただいま…」
少し気恥ずかしくなりながら、ぼそりと口に出す。先輩のクスリと笑う声が聞こえたが、おかげで少し余裕が出てきた。
「返事はない?」
「あ、そうですね。ないです。誰も帰ってないみたいです」
「そう。玄関には靴がある?」
「えーと…親父の予備の革靴と、姉貴のスニーカーと、サンダルと…僕のスニーカーもあります」
「みんなが普段履いている靴はないのね?」
「あ、はい。ないですね。みんな出かけてます」
「そう。見慣れない靴はない?」
「…ない、と思います」
「そう。靴箱はある?中を開けてみて」
「あ、はい。特にかわったことはないですね。ああ、なんか親父の靴磨きをしたときの臭いがします。靴磨きの…なんだろワックスみたいな?」
「うんうん、随分鮮明ね。変わったことがなければ靴を脱いで家に上がってね」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「はい。あがりました」
「右手と左手、なにがあるのかしら」
「えと、右手は居間への扉と両親の寝室への襖があります。左手はトイレで、その左奥が洗濯機のある洗面所で、その右側が風呂です」
「なるほどね。じゃあトイレからいきましょう。変わったことがある?」
「いえ、なんかでも懐かしいです。コンクリにペンキ塗っただけのトイレだったんですよね。冬は寒くって」
「ふふ。じゃあそのまま洗濯機の前に行ってみてね」
「はい、特になにもないですね」
「誰かの服とかある?」
「えーと、洗濯物が積まれてますけど、特に違和感はないです。玄関側との仕切りの上が棚になってるんですけど、そこにも特になにか変わったものはないですね。うわーなんか懐かしいな。思い出せるもんですね、あんまり使わなかったけど、野球のグローブがあそこにおいてあったんですよ」
「お父さんからのプレゼントね」
「そうです。よくわかりますね」
「同調してるから」
「ああ…なるほど…」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「お風呂場、見てみましょうか」
「はい。あーここの扉立て付けが悪かったんですよね…懐かしいな、追い炊き釜だ。ハンドル付の…元栓がこっちで…洗面台もあって…特に異常はないです」
「お風呂の中も?フタしまってない?」
途端に僕は少しギクっとした。確かに頭の中で見ている風呂にはフタがかかっていた。三枚のパネル式のフタだ。ひょっとしたらこの中に死体が。女の死体がうずくまっているのかも知れない。
「…あけなきゃですか?」
「ええ。大丈夫よ。一緒にいるから」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
「はい…」
僕は意を決して、意識の中で顔を背ける様にして風呂のフタをあけた。そして薄目で中を見る…とはいっても意識の中での出来事なのだが。しかしそこには水が張ってあるだけで、なにもなかった。
「なにもないわね」
「…ええ。ないです。沸かす前に水だけ張ったみたいですね」
「OK。じゃ次にいきましょうか」
「両親の部屋ですか?」
「そこは後回しね。居間に入ってみましょう」
「…わかりました」
とんとんとーん・とんとんとんとん。
残された部屋は三つしかない。居間と隣接するキッチン。そして姉貴達の部屋と僕の部屋だ。その全てを僕(僕たち?)は回っていった。キッチンでは冷蔵庫を開け、流し台下の収納や食器棚まで調べた。居間は収納スペースもないので一目瞭然だった。ただ懐かしい空気が鮮明にそこにはあっただけだった。
姉貴達の部屋は二段ベッドと机が二つ。収納はないので探す場所はほとんどなかった。念のためベッドも見たがなにもない。ベッドの下の暗闇にもなにもなかった。
いよいよ自分の部屋に入る。ここには押し入れがあるので、そこに大きな可能性があった。先輩がいうには「確実に死体かそれに類するものがあるはず」なのだから、恐怖の瞬間との遭遇は確実に近づいているわけだ。僕はおそるおそる部屋中を調べたが、そこにも死体はなかった。
「残るのは…ご両親の部屋だけね」
「えと、その…行かなきゃダメですか」
「そりゃあね。ちゃんとしたいでしょう?」
「…はい」
現実の方で先輩が重ねた掌が僕の右手を少し強く握った。
「大丈夫よ。ちゃんと唱えてね」
「…はい」
(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)
とんとんとーん・とんとんとんとん。
(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)
とんとんとーん・とんとんとんとん。
(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)
とんとんとーん・とんとんとんとん。
両親の部屋へと続く襖の取っ手に手をかけて、僕は何度も数を唱えた。先輩の指が刻むリズムが、心なしか優しく緩やかで、僕の気持ちも少しずつ落ち着いてくる。
(いちにーさぁーん、ごーろくしちはち)
とんとんとーん・とんとんとんとん。
そして僕は、襖を開けた。